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地下のライブハウスから出ると、冷凍庫みたいな外の空気すら美味しく感じる。熱気で火照った顔が冷えるし、まともな酸素が吸える。
きらびやかなネオンが目にまぶしい。ライブハウスと予備校よラブホは似たような場所に集まるって、言ってたヤツがいたな。誰だったか思い出せないけど。
「誰かお目当てのバンドがいた?」
「あ、はい。一番最初に出てきたのが、学生時代の友達がやってるところで、声掛けてもらったから来てみたんですが」
「ああ。スリーピースのヤツか」
俺が連れ出した天然クンはようやく人心地ついたらしい。目当てだったというバンドはたいして印象に残っていないが、とりあえず成人してるらしいので、心の中で小さくガッツポーズ。問題は、ここからの距離の詰め方。
「ホットでいい?」
自動販売機で買った缶コーヒーを渡してやる。拒絶するかなと思って観察していたら、思わぬ提案をされた。
「じゃあ、僕もお返しします。どれ飲みますか?」
「え、ああ。じゃ、同じので」
「はい、どうぞ」
プルタブを開けて口をつける。苦味は足りないし、糖分が多すぎるけど、いまはちょうどいい。缶コーヒーの熱が指先に沁みる。
「あのさ、年聞いてもいい?」
「23です、今年で」
「だったら、俺と同じ」
「そうなんですか? 年上だと思ってました」
「老けてる?」
「いえ、そういう意味じゃなくて」
きまり悪そうに、少しうつむいた横顔がかわいい。これは、やっぱりSubだろう。首元にCollarはない。決まったパートナーがいるかはわからないが、誘ってみる価値はありそう。
「この後、予定とかある?」
「ないですよ。こんな日なのに暇だから、フラフラしてたくらいで」
天然クンは照れたように笑う。もっと警戒心の強いタイプかと思ったけど、案外話しやすい。
「ああ、そっか。クリスマスだよな。いや、俺も全然そういうのないから、すっかり忘れてた。もしよかったら、独りぼっち同士で少しだけ付き合わない? ゆっくり飲める店があるんだけど」
「あはは、いいですね。ナンパみたいで面白い」
「そうそう。どうせ外はカップルしかいないんだしさ。俺、緋聖っていうんだけど、名前聞いてもいい?」
「碧です」
名前の漢字を伝えあうと、思わず顔を見合わせた。
「赤と青か。面白いじゃん」
「クリスマスなら赤と緑ですけど」
「いや、敬語とかいいよ。タメでしょ、俺ら」
出会ったばかりの天然クンこと『碧』を連れて、浮かれた街の喧騒から少し離れた路地裏のバーに向かう。育ちがいいのか世間知らずなのか、疑う素振りも見せずについてくる。
Subだと思った。俺の直観が外れることは、ほとんどない。ただ、これはもしかすると、もしかするかもしれない。
ダイナミクスバージン、だろうか。
自分のダイナミクスを知っていて抑制剤を飲み続けている。もしくは、自分のダイナミクスに気づいていない。本物の処女地。
難攻不落なお宝を前にしている。そんな予感。
厄介な相手を見つけてしまった。そう思うと同時に、どう攻略してやろうかとワクワクする自分がいる。
俺のCommandを使えば一気に落とせるけど、そんなのはつまらない。徐々に外堀を埋めていって、俺のCommandなしには生きられない、くらいの境地に落とし込む。そこまで懇願されれば、Dom冥利に尽きる。
内心で舌なめずりしつつ、他愛もない会話を続けていると、アドレナリンが爆発的に放出されていく気がした。
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