【1】聖夜に奇跡は起こらない

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 ダイナミクスの欲求は人それぞれだ。  DomもSubも定期的なプレイをするか、抑制剤を服用するかで、己の内側に根づく欲望をコントロールしている。抑制剤の効き目も個人差があり、俺自身はあまり効かないタイプなので、定期的にプレイできる相手は切らさない。  ただし、これも個人差の問題だが、自分でも呆れるほどの飽き性で、一人のSubとClaimを結ぶのは、とても考えられない。いろんなSubと知り合いたいし、いろんな関係を試してみたい。だから、Sub一人一人には深入りしないようにしている。 「僕自身はあんまり意識していなかったんだけど、色々駄目出しされるっていうか、感じ悪いと思われてて」 「お高く止まってる、みたいな?」 「そう、それ。なんか、僕が周りに対して壁作ってるって、そう思われてるらしくて。そんなつもり全然ないのに、他人から言われると、そうなのかなあって」 「上司とか?」 「そう! それって世代の差じゃないのかなって思うんだけど」  俺の隣を歩く碧は、足取りこそしっかりしているものの、舌足らずで饒舌になっていた。この後の展開を考えて、ほとんど飲ませていないのに、すでにほろ酔いらしい。  Come(来い)のCommandを使ったわけではないが、碧は簡単についてきた。よほど鬱憤が溜まっているらしい。普段の自分がしないことをしたい。そう言って拳を突き上げている。幼い駄々っ子のような顔を見せられると、高揚感が止まらなくなる。  こんな日に新雪みたいな子と出逢うなんて、俺は前世でどれだけの徳を積んだのか。 「でも、人から言われたことに従うのが性に合わないとか、そういうんじゃないだろ?」 「うーん、まあ、そうかなあ。でも、なんかこう、誤解されてるなって」 「だよなあ」  話を合わせているだけで、アパートの部屋にたどり着いた。普段は行きずりの子を持ち帰ったりはしないが、碧をそこらのプレイルームに連れこむのも具合が悪い。 「狭いし散らかってるけど、あがって」 「お邪魔します。突然押しかけて、すみません」 「平気平気、誰もいないから。あー、やっぱり冷えてるな」  エアコンを入れたものの、底冷えする部屋はすぐには暖まらない。碧も同じだ。少しずつ温めて、距離を縮めることから始めるのがいいだろう。普段なら、そんなまどろっこしい真似はしないが、この子は俺が迫ればすぐに逃げ出してしまうだろう。 「よかったらさ、軽くツマミとか用意するけど、どう?」 「いや、そんな気使わないで」 「いいって。適当に座って待っててよ」  もう少し碧から話をさせて、それとなくダイナミクスに話を持っていきたい。抑制剤を飲んでるのか、プレイの経験はあるのか。センシティブな話だから、いきなり踏みこむのは良くない。  手間と時間をかけて、俺のGlareに慣らして手懐ける。Subをまるごと可愛がるのは、Domだけの特権だ。 「できたよ。ビールでいい? 発泡酒もあるけどって、え?」  大皿にチーズやナッツを雑に盛ってから、ふと後ろを振り返る。ローテーブルに突っ伏して、穏やかな寝息を立てている碧がいた。
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