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【2】逃した魚は小さくない
抜けるような青い空を、二羽の鳥が横切っていく。
年明け早々の空気は冷たいが、日の当たるベンチはポカポカで眠くなるくらい。小春日和ってやつ。
俺はキッチンカーでテイクアウトした熱々のルーロー飯をかきこんでいた。社員食堂やラウンジは契約社員でも使えるけど、居心地は微妙。天気のいい昼休みは、気分転換を兼ねて近くの公園に足を伸ばすことが多い。
噛みしめる度に、甘辛いタレのしみた肉の脂が口の中で広がる。スパイスが効いてるのも好みだ。ウーロン茶のボトルに手を伸ばしつつ、ふと顔を上げると思わぬ人物に気づいた。
「碧じゃん」
逆光スレスレの角度でも判別がついた。クリスマスの夜に出逢って、初対面の俺の部屋で速攻で寝落ちした天然パーマ眼鏡くん。
スーツにコート姿でも、明らかに初々しさがにじみ出ている。前髪をあげた額がちょっとカワイイ。なんの職種かな。不慣れな感じは場合によってはプラスになることもあるけど、舐められたり信用されなかったりマイナスな方が多そう。
「いまからランチ?」
すぐそこにあるコンビニの袋を見れば、それらしいことは察しがつく。
「え、あ、はい。今日は天気が良さそうだったから」
「隣に座れば?」
「め、迷惑じゃなければ」
「固いなー。そんなに気ぃ使われると、かえって傷つくかも」
「ご、ごめん」
「ウソだよ」
からかい甲斐のあるヤツ。キョトン顔の碧は肩で大きく息を吐くと、ようやく俺の隣に腰を下ろした。
「先日は、本当にゴメンナサイ」
「いや、いいって。気にすんなよ。ただ、連絡先くらいは聞いておきたかったんだけど」
あの日の翌朝、目が覚めた碧はフワフワした空気はどこへいったのやら、慌てふためいて恐縮しきりで、それはもう逃げるように帰っていった。俺、碧には指一本触れてないんだけど。
うまいこと手懐けて食べようと思っていた雛に全速力で振り切られ、それなりに凹んだ。
碧はSubだと思ったけど、やっぱり違った? いや、Domとしての俺の勘を信じるなら、この子はSubだ。けれど、Subにしてはちょっと感触がチガウんだ。簡単には落ちない気がする。
「はい、じゃあ、俺の送信したから、後で連絡してね」
「あの、緋聖くんは?」
「俺、そろそろ昼休み終わりなんだわ。そこの正面のデカいビル、あそこで働いてるんだけど、碧は?」
ルーロー飯の最後の一口をウーロン茶で流しこむ。昼時はエレベーターが混雑するので、あまりのんびりはできない。
「えっと、僕も同じビルで」
「そうなんだ。じゃあ、またどこかで会うかもね」
碧に聞きたいことは、もっとあった。けど、職場が同じビルだってわかっただけで、まずは一歩前進。
この時の俺は、碧の正体をまだまだ理解していなかった。
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