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「緋聖くんは、変わってるよね」
バスローブをまとった社長が、マルボロを指に挟んで美味そうに煙を吐き出す。タバコって嗜好品としてはコスパ悪い。俺も粋がって吸うこともあるけど、半分以上が税金かよと思って、高額納税者ルートは回避した。
「どのへんが?」
「なんていうのかな。普通ランクの高いDomって、もっと自己顕示欲が強いっていうか、束縛が激しいっていうか、そういうところがあるけど、緋聖くんは違う」
「そう、かな。うん、まあ」
「まだ本気を出してない、だけ?」
首だけをまわした社長が俺を振り返る。
付き合いの長さはそこそこ。でも、すごく見抜かれてるな、と思う。この人は本当に底が知れない。プレイの最中は、Subの役割を演じていただけなのかもしれない。そんな風に思う。
「本気ねえ。そうなのかな」
「そうだね。緋聖くんならClaimを結ぶような相手には、全力でとことん束縛しそう。呼吸管理とか?」
「ああ、そういう風に見えるんだ、俺って」
ダイナミクスのプレイは幅が広い。DomとSub双方の合意があれば、どこまでも多彩な行為が行われる。俺に関して言うならば、正直、準備と後片付けが面倒なものは、いまのところ守備範囲外。
「でも、そういうのが長所だと思うよ。Domとしての魅力だし、醍醐味なんじゃない」
「社長にはかなわないな」
この人の本質はSubだから、俺に振り回されることに悦びを感じるし、全部を投げ出してゆだねてくれる。でも、プレイという時間が終わると、他の面が顔をのぞかせる。若手の実業家で、したたかな経営者で、俺のことだって採用面接みたいに人間観察をしてくる。Domの俺は、見透かされて分析されてるみたいに感じると居心地が悪くなる。
「ごめんごめん。嫌がらせのつもりはなかったんだ。ただ、緋聖くんが本気になる相手ってどんな人なのかなって、つい気になって」
「本気には、ならないようにしてるかも」
「そっか。でも、気持ちって結局、コントロールできない部分が多いかもしれないね。頭ではわかってても、どうしようもない欲求、みたいな」
社長は吸いさしのタバコを灰皿でもみ消すと、肩をすくめて笑った。正直、俺にはこのくらいの距離がちょうどいい。
俺たちはDomとSubだから、N極とS極が惹かれあうように、パズルの凹凸が嵌まるように、完全に結合することを求めてしまう。他人は自分で、自分は他人。人としての境界線を乗り越えたところを欲してしまう。ダイナミクスの業って、究極にはそんな感じ。
だから、一人の相手にのめりこむのは恐ろしい。プレイなんて、専用の相手で解消するだけでいい。自分のすべてを出すなんて、後戻りのできないことはしたくない。
これまでの俺はそう信じてきたし、今後だって変わらないと思いこんでいた。
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