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【3】プリンスの氷は解けない
36階建て高層ビルのエントランスには、3種類のエレベーターがある。
低層階、中層階、高層階と行先別に6基ずつ並んでいるので、普段自分が使う階以外は用がない。親会社の自社ビルとはいえ、俺の勤務先みたいな子会社や関連会社もいるし、無関係のテナント入居もごっそりいる。だから、ここですれ違った相手がどこに所属してるかなんて、さっぱりわからない。
俺の職場は22階の巨大なフロアの一角で、24階にはグループ会社共有の喫煙所や売店、軽食の自動販売機なんかが詰まったラウンジがある。
「お疲れさま」
「え、ああ。お疲れ様です」
ラウンジで碧を見かけたのは偶然だった。
できれば、もっと話しかけたかったけど、向こうは急いでいる風で、俺のほうにはツレの同僚女子がいた。同期の契約社員たちは無駄口を叩かないタイプが大半だったが、彼女は気さくで話しやすい。同棲中の彼氏がいるとかで、愚痴だか惚気だかわからない話をよく聞かされるのは閉口するが。
「すごいね、大河内くん」
「なにが?」
「プリンスと知り合いなんて、羨ましがられるよ」
「どういうこと?」
「え? 知らないの?!」
彼女いわく、三島碧は社内では有名な『氷のプリンス』で、知る人ぞ知る、親会社の社長の一人息子だという。
「マジかよ」
「そうそう。底辺のウチらには手が届かない、マジもんの御曹司様だよ。本気で狙ってるコもいたけど、全部あしらわれてるって。そのプリンスに認知されてるだけ、すごいじゃん」
「育ちが良さそうだなと思ったけど、本物だったのか」
「本当に知らなかったんだ。素性も知らないで顔見知りなんて、大河内くんこそ大物かも、ね」
カップのブラックコーヒーを揺らして笑う同期が愉快そうに笑う。俺は嫌な予感がして、カップに端を噛んだ。
「もともと大河内くんって、タダモノじゃないとは思ってたけどさ」
「そう? どんなところが?」
「うーん、肝っ玉の据わりっぷりが半端ないっていうのかな。ウチらと同じことしてても、なんか違うっていうか」
「協調性がないっていうディス?」
「それはちょっと違うかな」
仕事や日常生活では、極力Domであることを悟られないように気をつけている。
上司や先輩ならともかく、部下や後輩、同僚がDomってのは歓迎されない。やりづらいこと、この上ないのは俺でも想像がつく。
Domは扱いづらい。
相応の立場で個性を発揮できるDomもいるが、俺はそうじゃない。人の上に立つのは責任がのしかかる。
俺のDom性ってのは、もっと歪んでる。相手を駄目にしてでも所有したい、支配したい、隷属させたい。跪かせて、染め上げて、壊して、俺好みに作り変えたい。
そんな人間が組織のトップについたら終わりだ。行き着く先は詐欺師で犯罪者。他人を不幸に陥れることでしか、幸せを感じられない。
俺は俺の特殊な性癖を知ってる。だから、大きな組織の最底辺くらいがちょうどいい。
俺好みのSubとどれだけ出会えるかが、唯一の愉しみ。
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