【3】プリンスの氷は解けない

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『正午過ぎに、この前のベンチ』  始業前にそれだけのメッセージを送った。来るか来ないかは碧次第。  あれから、何度かメッセージのやり取りはしたけど、直接会うことはなかった。同じビルのどこかで働いているといっても、会社も違えばフロアも違うはずだ。この前のラウンジみたいに、ばったりすれ違う方が奇跡。奇跡なんて期待できない。  氷のプリンスなんて、他人は勝手なことを言う。碧の属性をやっかんでるだけで、本人にには関係ない。  碧は既読つくのが遅い。  サイレントにしてるのか、半日くらい既読にならないことだってある。けど、返事だけは律儀で他人行儀。育ちがいいって、つまり敷居が高いってこと? 馴れ合いっぽくはならない。そういうところも、俺には新鮮だけど。  外は気持ちの良い青空。風は冷たいけど、空調の効いたオフィスビルよりいい。  あいにく、俺が指定したベンチには先客がいたので、空いた隣のベンチに腰を下ろした。  いただきます。  胸の内でつぶやいて、テイクアウトのガパオライスをかっこむ。仕事内容と給与水準は見合ってないけど、職場周りでありつけるランチはバリエーション豊富。一人暮らしの身にはありがたい。  スマホを確かめると、12:10になったところ。碧に送ったメッセージは既読だけついてる。返事はない。  来るかな、来ないかな。向こうにも予定があるだろうし、同僚の付き合いもあるだろ。 「おまたせ、しました」 「いや、呼びつけたの俺だし」  息を切らした碧はコンビニの白い袋を提げてる。 「レジすごく混んでて、セルフレジもトラブルになってて」 「おつかれ。座ったら?」  素直に腰を下ろした碧は、ウェットティッシュで手を拭くと、ヤキソバパンを頬張った。 「この前は急に声をかけて悪かったな」 「……いえ」  碧はモゴモゴと口を動かし、咀嚼してから短く応える。心なしか、以前よりも顎のラインがシャープになった気がする。 「忙しいんだろ?」 「うん、まあ。前よりはマシなんだけど、僕が要領悪くて、なかなか覚えられなくて迷惑かけてばかりで」 「そっか。無理すんなよ。また、休みの日にどこか出かけようか。気晴らしにさ」  ライブハウスでも映画でもサッカーの試合でもいい。碧の好みにつきあってもいいし、俺のチョイスでもいい。少しでも一緒にいたい。  世話をやきたがるのはDomの特徴だけど、気にならない相手には一切かまわないのもDomだ。つまり、俺はずっと碧が気にかかってたわけだ。 「あ、忘れてた」  食前に飲まなきゃいけなかった。そう言って、碧が取り出した錠剤のシートを見て、俺は目を見張った。
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