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 山ノ辺村の庄屋の家には、男の子が三人いた。  長じて、長男は隣村の庄屋の娘を娶り、家を継いだ。次男は商家に奉公に出て、その家の婿となった。  三男の世平(よへい)だけは、生まれつき体が弱かったこともあって、部屋住みあつかいとなり、年頃になっても嫁を迎えることもできず、離れでひっそり暮らしていた。  世平が二十になる頃には、長兄には元気な息子が三人もいて、彼が庄屋の後を継ぐ見込みもなくなった。自分はこの離れで朽ちるように亡くなっていくのだろうと、世平は覚悟を決めていた。  そんなある日のこと――。  暖かな日差しが降り注ぐ離れの縁側で、世平はのんびりと絵草紙を眺めていた。  それが、この世間から忘れられた男にとってのただ一つの楽しみであった。  絵草紙に夢中だった彼は、離れの横の細道を人が通ったことにも気づかなかった。  若い娘と彼女に付き添う女中が、寺参りを終え足早に細道を歩いていた。  家路を急いでいたはずが、娘は、生け垣越しに縁側で寛ぐ世平に目をとめると、しばしの間そこに立ち止まってしまった。  山里には珍しく色白ですっきりとした面立ちの若い男が、絵草紙とはいえ一人静かに書物を読んでいる姿に、娘はひどく心を惹かれたのだった。  女中に促され渋々そこを離れたが、若者の面影は、家に帰り着いても娘の心から消えることはなかった。そう、彼女は世平を一目見ただけで恋に落ちてしまったのだ――。
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