123人が本棚に入れています
本棚に追加
1.婚約破棄された
「シャルノ、お前との婚約は今日限りで破棄する!」
卒業パーティーのその日に、高々と告げられた婚約の取り止め。
それを口に出した人物は、私を蔑むように睨んでいた。
金髪碧眼の青年はこの国の第三王子。私の婚約者。いや、今は元婚約者。
傍らには小さな体を震えさせる少年。その少年を元婚約者は片手で守るように抱きしめていた。
「エド様、私は……」
「黙れ! 気安く私の名を呼ぶなっ!」
何とか弁解しようと口を開こうとしたが、元婚約者、エドワード王子の怒鳴り声に、私は身を縮める事しか出来なかった。
エドワード王子に震えながら抱きつく哀れな少年は男爵家の嫡男のディナール。ミルクティー色のふわふわの髪に、飴色の瞳は不安そうに揺れ、涙に濡れて庇護欲をそそる。
真っ直ぐなシルバーグレイの髪に血のように赤い瞳を持ち、周りから冷酷なイメージを持たれる私とは大違いだ。
曰く、私はディナールの教材を池に捨てたらしい。
曰く、私はディナールの数少ないパーティー用のタキシードを燃やしたらしい。
曰く、私は王子と話すディナールに二度と王子に近づくなと取り巻きを引き連れて脅したらしい。
なんと哀れなディナール少年。私はどう見ても悪役だ。
王子から新品の教材を与えられて、豪華なパーティー用タキシードと着飾る宝石を山程与えられ、脅され泣くディナールに食べきれないほどのコース料理を振る舞まい慰められても、心の傷は癒える事はない。
ただ、少し問題があるとすれば、私に全く身に覚えが無い事だ。
しかしエドワードは、ディナールから直接涙ながらに聞いたのだと言う。
私、シャルノは物心つく前からエドワードと婚約していた。
基本的に第一王子以外は男の婚約者と決まっていた。王位争いを避ける為らしい。
家柄や年齢的に私がちょうど良かったようで、物心が付いた後も特に不満は無かった。
エドワードも、私の癖のないシルバーグレイの髪や赤い瞳を綺麗だと言ってくれて、割と仲良くやっていたと思う。
ただ、エドワードは少々遊び癖やサボり癖があり、男女問わず閨に連れ込んだり、パーティーのエスコートをすっぽかしたり、パーティー中に気に入った相手を見つけて抜け出してしまい一人で挨拶回りをするはめになったりしたが、それでも私はエドワードの婚約者として胸を張って駆け回った。
綺麗だと言ってくれた事が嬉しくて、髪も背中まで伸ばしていた。
エドワードがディナールに出会った時も、またいつもの遊び癖が出たのだろう、ぐらいしか思わなかった。
私自身も何度かディナールと話した事はあるが、気遣いが出来て可愛い後輩という印象だった。
そんな彼に、私は嵌められたのか。
「シャルノ、お前の家には話を付けている。もうお前は、公爵令息でも何でも無い。ただのシャルノだ」
「……っ」
エドワードの言葉に、愕然とした。
私は廃嫡されたのだ。こうもあっさり、事実確認すら行われずに。
しょせん自分は、その程度の存在だったのか。
どんくさい私はいつも家では邪魔者扱いされていた。
唯一、王子の婚約者である事だけが家が認めた存在価値だった。
それが無くなった今、私の居場所などある訳が無いのだ。
ただ、それで良いのかもしれない。
私は本当にどんくさかった。人付き合いも決して上手くなく、人の感情に疎い。
そんな自分が王子とこのまま結婚しても、毎日無理をする日々になっていただろう。
その点ディナールは適任だ。
男爵家の出とはいえ、人付き合いが上手く頭の回転も早い。
腹黒い一面も、腹の探り合いの貴族社会では必要な事なのだ。
そう言い訳してもなお悲しみが消えない私を、王子の命に従った側近が腕を掴み外に連れ出す。
最後に感情の無いまま二人を見ると、怯えているはずのディナールが薄く笑みを浮かべているのが見えた。
最初のコメントを投稿しよう!