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2.追放後の生活
あの婚約破棄から半年が経った。
私は、思いのほかのびのびと平民生活を楽しんでいた。
やはり私は貴族社会が合わなかったらしく、煩わしい腹の探り合いや人脈構築から開放された私は、自分でも驚くほど自由気ままに生きている。
それが出来るのも、陰ながら支援してくれた人のおかげなのだ。
あの日、着の身着のまま、捨てるように外に放り出され途方にくれていた私に、馬車が近づいてきた。
「シャルノ様っすよね?」
その馬車に乗っていた若い御者から名前を確認され、乗るように促された。
人売を疑ったが、どちらにしてもこのままでは身売りしか道がないとはらをくくり、やけくそで飛び乗った。
そこには、大きなバッグが置いてあり、綺麗な字で『シャルノ様へ ご自由にお役立てください』と書かれてあった。
中を確認すると、しばらくは困らないほどの金に平民用の服が数着。
バスケットには、私の好きな焼き菓子まで入っていた。
なぜ? どうして? 誰が?
あまりの出来事に、嬉しさより疑問が浮かんだ。
私の名前が書かれているから、誰かが私のためにわざわざ用意してくれたのだろう。
でも、誰が?
王子の機嫌を損なうなと口癖のように言っていた両親?
お前は本当に出来損ないだなと軽蔑の眼差しを向けてきた兄?
エドワードから婚約破棄された途端あざ笑うような目を向けてきた元友人達?
思いつく限りの自分の周りにいた人物達を思い浮かべるが、どれも違う気がした。
じゃあいったい誰が……と悩んでいる間に、馬車が止まる。
「シャルノ様、着きましたよ」
若い御者が、私に小窓から声をかける。
着いたってどこへ? もう家には帰れない私は、行く場所など無いはずなのに。
そう思いながらも、いつまでも乗っているわけにもいかず、恐る恐るドアを開けた。
そこは街の外れだった。
目の前には、小さな家。
「……ここは?」
「シャルノ様が住む家っす。好きに使ってくれって言ってましたよ」
「だ、誰が?」
「それは言えねっすよ。絶対言うなって言われてっし」
ニカッと笑う彼は私の荷物を持ち家の中に案内する。
風呂場や台所の使い方を簡単に説明して、「そんじゃー頑張ってください。たまに様子を見に来るんで」と言い残し去っていった。
静かになった家で、私はソファーに腰掛けた。
柔らかで、温かなソファー。
小さな家は、何もかも失った私を受け入れてくれた救世主のように思えた。
いや違う。救世主は、この家を用意してくれた人だ。
「……いったい誰が……」
どこの誰かは知らないが、それでも私を心配し手を差し伸べてくれる人が居た。
その事実が、あまりにも嬉しすぎて、信じられなかった。
でも、バスケットに入っている焼き菓子は、いつも私がこっそり街で買っていたお気に入りのもの。
一口食べれば優しい味が広がっていく。
その優しい甘さは、凍りついていたこころを溶かしていくように感じた。
私の地位に優しくしてくれる人はいても、私自身にここまで優しくしてくれた人は居ただろうか。
狭いが温かな部屋で、私は一人涙を流した。嬉しくても涙が出るのだと、その時初めて知ったんだ。
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