6.彼が彼であるはずがない

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6.彼が彼であるはずがない

  「え? え、えーと……ごめん?」 「駄目男を引き寄せる何かがあるのか……? いやシャルノ様だから駄目男に付き合えるのか……」  途中から独り言のようになってきた男に、私はどうするべきか分からなくてただ男の出方を伺っていた。  すると、ぶつぶつ呟いていた男が意を決したように顔を上げたもんだから私はビクリと肩を震わせる。 「俺がバカだったよ……」 「はぁ……」 「アンタの幸せを他人に委ねた俺がバカだったんだ」  何だ? この男は次は何を言って驚かせるつもりだ。 「シャルノ様、俺に付いてきてくれ! 俺がアンタを幸せにしてみせるから!」 「……!?」  構えていたつもりだが予想以上に驚かせてきた。  突然の男の申し出に返事も出来ずポカンとしていたら、男は「返事が遅い」と頬を膨らませた。その顔は随分と幼く見えた。  あ、と思う。この顔は見覚えがあったから。  どこだっただろうか、学園で見たはずなのだけど。  確か、サロンで勉強を教えていて、分からない所があると拗ねたように頬を膨らませていたあの子。 「……あ」  ミルクティー色の髪に、飴色の瞳。 「ディナール……?」 「なんだよ」 「……嘘でしょ……」  いや、いやいやいやそんなまさか。  自分で名前を出しておいてなんだがディナールな筈無いだろう。  ディナールは私より小柄で可愛くて最後の記憶ではエドワード王子のそばで小さく震えていた。いや、薄く笑みを浮かべていたが。  言葉遣いだってもっと丁寧だったはずだし、一人称は僕だった記憶がある。  目の前の男はどうだ。  身長は私なんかを軽く越えて体つきも男らしく、精悍な顔立ちはディナールとはとても思えない。  だけど、どこか拗ねているようなこの顔は、何となくディナールの面影があった。 「ホントにディナールなの?」 「俺以外に誰だって言うんだよ」 「だって、変わりすぎでしょ!? なんか、その、色々……」 「……かっこよくなったって事?」 「う、うん。かっこよくなったね」  いや確かに目の前の彼はかっこいいが、私が言いたい事はそこじゃない。しかし、それ以上は口に出せなかった。 「……っ」  ディナールの顔が輝いたかと思ったら抱きしめられていたからだ。  私の体をすっぽりと包む体はたくましい。  でも、やはり私は分からない。  ディナールであると認めたとしても、でもなぜディナールなんだ? 「じゃあシャルノ様! 俺に付いて来てくれるよな!?」  嬉しそうに言うディナールだが、私は安易にうなずけない。 「待ってディナール。私はまだ分からない」 「何がだよ」  またもや頬を膨らませる顔は可愛いが、そんな事を言ってる場合じゃない。 「だってキミは……私の事が嫌いなはずだろ?」  私を嵌めて追放するほどに。  そんな思いを込めて言えば、ディナールの目が驚で見開かれた。 「あ、あー……そうか。俺まだ何も説明してねーな……」  少し困ったように眉を下げたディナールは、どこから話そうか、と呟く。  その様子にようやく事の成り行きを話してもらえるようだと安堵し、椅子を勧めた。  しかしディナールはソファーを希望したので、私と共に二人がけのソファーに腰掛けた。  そう言えば学生時代のディナールも、椅子に座りテーブルを挟んで向かい合うより、ソファーで隣に座る方が好きだった。 「じゃあ、どこから話そうか」  すっかり変わってしまったと思っていた彼だが、嬉しそうな笑顔は記憶の中のディナールのままだった。  ※ ※ ※  俺の家はなり成り上がりの貴族だった。  親父が作った生活用品が大ヒットして世間に広く伝わった。  その功績で男爵の称号をもらったらしい。  物心つくまで平民だった俺だが、親父から「せっかくだから行ってみろ」と言われて貴族の学校に行かされた。  ただでさえ元平民の貴族令息なんてバカにされるのに、そこで態度がでかければさらに標的にされる。  だから俺は猫をかぶった。  この学園生活を終えるまで、そう言い聞かせ自分を「僕」なんて言って大人しく大人しく過ごした。  それでもまぁ標的にされたけどな。  貴族のルールなんて分からない俺は周りに笑われながら毎日過ごす。  友達なんかできるはずも無いが、それでも負けん気だけで授業に出ていた。  ※ ※ ※ 「そんな時に俺はシャルノ様に会ったんだ」 「私? そうだっけ」 「やっぱり忘れてるかぁ」  苦笑いを浮かべるディナール。きっと彼にとっては大切な思い出なのに、覚えていない事が申し訳なくて「ごめん」と謝った。 「いや、覚えてなくて当然なんだ。アンタにとっちゃ特別でも何でも無い事だったんだよ」  ディナール曰く、私は困っている彼に声をかけたらしい。  そこで助けてもらったのだと。  その日から私の事を知れば知るほど雪だるま式で思いが募ったのだと。 「ま、待って……なんかちょっと、恥ずかしくなってきた……」  知らぬ間に想いを寄せられていた事実に顔が熱くなる。  何故だろう、レオナールから好意を伝えられた時より恥ずかしい。  とても有り難いとは思うが、こんなにも恥ずかしいのはなぜだ。 「俺はずっとアンタを目で追ってたよ」 「……っ」  しかし、恥ずかしさで顔を赤らめていた私だが、ディナールの瞳の変化に驚いてそれどころでは無くなった。  私を見つめる飴色の瞳が、突然怒りを宿したからだ。 「でも、アンタはいつも辛そうだった……」 「ディナール……?」  ディナールの顔がふせられ、手を握られる。  その手は震えていて、私を不安にさせた。 「あのクソ王子はアンタをまったく大切にしない。周りの腐った貴族共は王子の婚約者を引きずり降ろす為に足を引っ張る。アンタの偉そうな家族は馬鹿にしたように見るだけでまともに話もしないっ!」  歯ぎしりしながら話すディナールは辛そうだった。  そして気付く。ディナールの手の震えは、怒りによるものだ。  そう思うと不安は消え、かわりに胸が締め付けられた。  この人は、私の為に震えるほど怒ってくれているのだと。 「このままじゃアンタは……俺の大切なシャルノ様は壊れてしまうと思った」  ディナールが、再び私と視線を合わせた。 「だから俺は、シャルノ様をこの腐った世界から逃がそうと思ったんだ」  強い意志を宿した、惚れ惚れするほど美しい瞳が私を貫いた。  
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