39人が本棚に入れています
本棚に追加
/11ページ
その日
その日が訪れた。
少し前から、村には饐えた匂いが漂い始めていた。
「明日です」
前夜、清子が言い、村の古老が肯いた。
当日、村の女子供は寺に集められ、男達は家に残った。ただ、士郎の家だけは父と弟も寺へ行き、士郎と清子が家に残っていた。
日没前、清子が士郎を座敷に呼んだ。
座敷に入った士郎は驚愕する。
部屋には、まるで客人を饗すように御膳にご馳走や酒が用意されていた。
「お母上にご準備いただきました」と清子が説明する。
そしてその隣には、真綿の、金糸で刺繍が施された豪華な布団が一組敷かれ、箱枕が二つ置かれていた。
布団の横に、白い緞子の着物姿の清子がいた。
「これは?」
まるで初夜を迎える部屋と花嫁ではないか。士郎は説明を請うた。
「娘と添えずに殺された無念を晴らすため、あれは娘を探しに降りてくるのです。私が娘に化けてあれに近づき、祓います」
「そんな! 清子さんが危険では?」
「失敗した暁には、貴方様にあとをお願いいたします。今、ここでその方法をお伝えします」
「あなたを犠牲にするわけにはいきません」
「いえ、これが私の生まれた使命なのです」
それから清子は意外なことを話し始める。
「貴方様が見た夢にはその先がございます。私はあれとの闘い方まで夢に見ておりました。貴方様のお役に立つなら、何の悔いもありません」
清子はあれを祓って生き残ったとしても、生きて山を降りるつもりはないと言う。
「里の家族には今生の別れを告げてまいりました。次の当主は妹に委ねております」
「そんな……」
士郎が言葉に詰まる。
「士郎さんは私が失敗するとお考えなんですね」
くすっと清子は笑う。
「私には勝算があります。ですからどうぞご心配なく。そしてもし……」
清子は真っ直ぐ士郎を見つめる。
「成功した暁には、私を村に置いてください。村の呪い師として、貴方様のお側におります」
士郎は思わず清子の手を握る。
「その時は、その時はどうか私の妻に……」
その言葉に清子は目を潤ませる。
「はい。そのお言葉を胸に励みます」
清子は肯き、具体的な話を始めた。
最初のコメントを投稿しよう!