その日

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その日

 その日が訪れた。  少し前から、村には()えた匂いが漂い始めていた。 「明日です」  前夜、清子が言い、村の古老が肯いた。  当日、村の女子供は寺に集められ、男達は家に残った。ただ、士郎の家だけは父と弟も寺へ行き、士郎と清子が家に残っていた。  日没前、清子が士郎を座敷に呼んだ。  座敷に入った士郎は驚愕する。  部屋には、まるで客人を(もてな)すように御膳にご馳走や酒が用意されていた。 「お母上にご準備いただきました」と清子が説明する。  そしてその隣には、真綿の、金糸で刺繍が施された豪華な布団が一組敷かれ、箱枕が二つ置かれていた。  布団の横に、白い緞子の着物姿の清子がいた。 「これは?」  まるで初夜を迎える部屋と花嫁ではないか。士郎は説明を請うた。 「娘と添えずに殺された無念を晴らすため、あれは娘を探しに降りてくるのです。私が娘に化けてあれに近づき、祓います」 「そんな! 清子さんが危険では?」 「失敗した暁には、貴方様にあとをお願いいたします。今、ここでその方法をお伝えします」 「あなたを犠牲にするわけにはいきません」 「いえ、これが私の生まれた使命なのです」  それから清子は意外なことを話し始める。 「貴方様が見た夢にはその先がございます。私はあれとの闘い方まで夢に見ておりました。貴方様のお役に立つなら、何の悔いもありません」  清子はあれを祓って生き残ったとしても、生きて山を降りるつもりはないと言う。 「里の家族には今生の別れを告げてまいりました。次の当主は妹に委ねております」 「そんな……」  士郎が言葉に詰まる。 「士郎さんは私が失敗するとお考えなんですね」  くすっと清子は笑う。 「私には勝算があります。ですからどうぞご心配なく。そしてもし……」  清子は真っ直ぐ士郎を見つめる。 「成功した暁には、私を村に置いてください。村の(まじな)い師として、貴方様のお側におります」  士郎は思わず清子の手を握る。 「その時は、その時はどうか私の妻に……」  その言葉に清子は目を潤ませる。 「はい。そのお言葉を胸に励みます」  清子は肯き、具体的な話を始めた。
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