顛末

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顛末

 闇が村を覆い、饐えた匂いが満ちた時、山から異臭を漂わせながら黒い影が降りてきた。暗闇の中、迷うことなく村に向かう。 「ヤヨイ、ヤヨイ……」  くぐもった声は哀しげに女の名を読んでいる。  やがて黒い影は士郎の家の前で止まると、吸い込まれるように玄関を入り、奥へと続く廊下をすーっと進んで、灯りの漏れる座敷の前で止まった。 「ヤヨイ、ヤヨイはいるか」  廊下からくぐもった声が聞こえた。  清子は、「お待ちもうしておりました」と優しく返す。  すると黒い影がスーッと襖を通り抜けてきて、その姿を表す。  生者は知ることのないあれの姿だった。  元は若い薬売りであった姿は、黄色くドロドロに溶け(ただ)れ、ただ人の形をまとった化け物と化していた。 「ヤヨイ、ずっとお前に会いたかった」 「私もです」  清子は自ら進んで化け物の胸に飛び込んだ。ひしと抱かれながら、袖に隠した細身の剣を取り出す。このような時に使えと、祖母から譲り渡されていた。  化け物の首に回した手で後ろから、化け物の(うなじ)に突き刺そうとしたその瞬間、突然襖が開いた。 「拝み屋なんかに士郎さんは渡さない! あっ! ぎゃーっ!」  士郎と清子が夜を共にすると勘違いした鮎子が闖入してきた。  鮎子は目の前にいるあれを見て、恐怖に大声を上げる。 「ダマシタナ!」  鮎子の言葉に、あれは目の前の女がヤヨイでないことに気づく。  あれは清子を部屋の端まで飛ばすと、ぎゃーぎゃー騒ぐ鮎子に向かって行った。 「清子さんっ!」  鮎子の悲鳴に気づいた士郎が飛び込んできた。  清子は鮎子を庇おうと化け物の前に立ちはだかり、剣を化け物に向け呪文を唱えていた。士郎は清子の側に駆け寄り、清子の肩を抱く。  化け物は不快な臭いを撒き散らしながら、二人に近づいてきた。  清子の呪文を唱える声がさらに大きくなっていった……。
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