京仏具屋のはなし

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京仏具屋のはなし

 来月のお盆が終われば、あれが来る。  今年こそ、なんとかしたかった。  士郎は住職から借りてきた古文書を文机の上に置きながら、今日、寺で聞いた話を思い返した。  寺の書庫を出て表に回ると、本堂の縁側で住職が行商人の男と一服していた。男は京仏具の行商をしている佐鳥(さとり)と言い、毎年夏に東北を巡っていた。寺の次は士郎の家にも寄るので、士郎も顔なじみだ。 「士郎、ちょうどいい」  住職が手招きする。 「これは士郎さん、ご無沙汰しておりました」 「佐鳥さん、お元気そうで。一年ぶりですね」  立ち上がった佐鳥と挨拶をして、縁側に腰を下ろす。 「昨年のことは住職から伺いました」  佐鳥が沈痛な様子で話す。  あれのことを言っているのだろう。住職が佐鳥を介して、京都の高名な寺に相談したこともあり、佐鳥はあれのことを知っていた。 「ええ。村の者が二人、()られました」 「いい情報があります。お探しの祈祷師の話です」  東北を回っていて聞き込んだ話だという。 「ここから東の方にある小さな村に、女祈祷師の一族が住んでおります。その家は女にだけ霊能力(ちから)が受け継がれるそうで、今は七十になる婆様が当主だそうです」 「本物なのか?」  住職が聞く。  前に、『我こそは真の呪術者なり』と山を登って来た山伏が、多額の礼金を条件にあれを退治しようとして返り討ちに遭い、殺された上に亡骸のほとんどを喰われてしまったことがあった。 「実際、海坊主の呪いを解いて漁村が助かったという話がございます。ほかにも婆様に助けられたと言う者が何人もおり、直に会って話を聞きました。本物のように思えます」 「どうだ。招いてみるか?」  住職が聞く。 「佐鳥さん、その村に行かれる予定は?」 「へえ。もう少しこの辺りを回って、再来週にはその地域へ参ります」  その言葉に士郎は住職と顔を見合わせて肯く。 「では、手紙を届けていただけますか? 住職、書くものをお借りしてもよろしいでしょうか? 急いで手紙を(したた)めます」 「あちらに用意させよう」  住職は手を打って人を呼んだ。
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