東の山

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東の山

 次の日から士郎の案内で、清子は山の奥深くに入った。 「あの古井戸を探さなければなりません」  清子はそう言った。  村の外れから山道を少し登ると、西の山と東の山に道が分かれる場所があった。  西の山道は雪がない時期なら、山を越えて隣県へ繋がっていた。  しかし、東の山へは昔から入山が禁じられていて、東の山道は木の柵で封じられ、その前にお札が貼られていた。  山立(やまだち)(猟師)でさえ入山できない掟だ。  清子は西と東の分かれ道に来ると、東の山の入り口の柵の前で呪文を唱えてお札を剥がし、「この柵を退()けてください」と士郎に言った。 「しかし……」  士郎が躊躇すると、清子がにっこり笑って言った。 「古井戸が災いの元凶。恐らくこの柵とお札は、この奥の古井戸の(ぬし)を封じるためのものでしょう。けれども毎年あれは降りてくるのですから、こんなもの役に立たないということです」  それでも迷う士郎の手に、清子は自らの手を重ねた。 「私達が見るあの夢は、古井戸へ向かう私達の運命を伝えてくれているのですよ」  その言葉に士郎の迷いは吹っ切れた。重い柵を取り外して道を開ける。 「さあ、参りましょう」  木綿の着物に山袴(やまばかま)という軽装の清子は、すたすたと獣道のような細い道を進んで行く。慌てて士郎もあとを追った。 「疲れませんか?」   士郎が聞くと清子は、「修行で里の山に入るので、この程度なら苦ではありません」と、息も切らさずに答える。士郎の方が息が上がっていた。  山道は所々で分岐しており、その度に清子は木に目印の細い布を巻いて呪文を唱えてから進む。そして何もないとわかると、引き返してその布を(ほど)く。  ある木の元に戻った時、清子はしばらく細布を眺めていた。 「どうかしましたか?」  士郎が聞くと、清子が細布を指差す。 「結び方が変わっています。恐らく、私達を迷わせようと別の木に結び変えたのでしょう」  何者かが方向をわからなくしようとしていると言う。 「あれが?」 「恐らくは。しかしご心配には及びません。あれは今はまだその程度のことしかできませんから」  清子はさらに山奥へ進んで行った。  
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