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兆し
村が見渡せる崖のそばの、少し木立が削れた場所で昼休憩となった。
倒木に二人並んで腰掛けて、家で作らせた握り飯を食べる。
「清子さんと私はなぜ、同じ夢を見ていたのでしょう?」
士郎が聞く。
「あの夢を見始めた頃、婆様に尋ねました。すると婆様はそれはお前の未来、定められた運命だと」
「未来? 定められた運命?」
「はい。私の亡き母は先読みの力が長けていました。その力を継いで、私は未来を見ていたのかもしれません」
それから清子は士郎を見てにっこり笑った。
「なんとしてでも、古井戸を見つけましょう」
士郎はその美しい顔に思わず見惚れてしまう。まだ会ったばかりなのに、清子への思いは募る。
「さあ、日が暮れるまでに終わらせてしまいましょう」
士郎の眼差しに気付かぬふうに、清子は立ち上がった。
さらに山道を登って行くと、木の生い茂った先、大きな岩の手前についに古井戸を見つけた。
「夢で見た通りだ……」
士郎が呟くと、清子は肯いた。
井戸からはこれも夢で見た通り、黄色い湯気が上がっていた。
「近づいては行けません。あの黄色い湯気には毒があります」
「毒?」
士郎は尋ねる。
「あれの兆しです。湯気が満ちると、あれが現れます」
それから清子は士郎を見上げ、「決して危険な目には遭わせません。髪の毛を一本私にください」と言う。
士郎は肯いて自分の髪を抜き、清子に渡す。
清子は自分の黒髪も一本抜いて、帯に挟んだ懐紙を取り出すと、二人の髪をまとめて包む。
「士郎さんはここでお待ちください」
清子はそう言うと井戸の側に近づいて正座し、盛んに何か呪文を唱え始めた。そして、最後に井戸の際まで行き、懐紙を井戸の中へ投げた。
「さあ、これでいいでしょう。戻りましょう」
清子が振り向き言った。
「今のは?」
「あれが他所で悪さをせず、真っすぐ私達の元に来るようにしました」
士郎は肯く。清子と力を合わせ、あれを倒すのだ。
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