嫉妬

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嫉妬

 士郎と清子は家に戻ると、夕餉をすませて座敷に集まった。 「清子さんは、あれが何かご存じなのですか?」 「はい。(おおよ)そのことは」 「教えてもらえませんか? 古文書を見ても何も書かれていないのです」 「それは恐らく……」  清子は言いづらそうだった。 「この村の犯した罪を、後世に残したくなかったのでしょう」 「犯した罪?」  士郎の問いに、清子は話し始めた。  その昔、この村の山奥に魔物がいて、家畜や穀物は喰われ、多くの村人が(さら)われていた。  そんな村に毎年、反魂丹(はんごんたん)という薬を売りに来る富山の薬売りがいた。  彼は化け物を眠らせる薬を提供して魔物退治に協力する代わりに、村一番の器量良しである娘を嫁に欲しいと望んだ。  村の長達が話し合い、魔物を倒せるならと了承するが、娘は一人娘で、また彼女を憎からず思う若者は多くいた。  薬売りが婿に入るのでなく、自分の国へ娘を連れ帰ると知った娘の親と若者達が共謀し、魔物退治のついでに薬売りも(あや)め、魔物と共に山の古井戸に投げ込んでしまった。 「そんな……。恩を仇で返す行為だ」  士郎は愕然とする。 「それ以来、毎年、殺された頃にあれはこの村にやって来るのです」  清子の言葉に、士郎は尋ねる。 「復讐をしに?」 「それもあります。そして……」  清子が言い淀んだ時、襖がカタッと音を立てた。 「誰?」  士郎が襖の向こうに声をかけると、襖が開き鮎子が顔を出した。 「鮎子さん」  鮎子は清子を無視し、士郎にだけ微笑む。 「こんばんは。最近、士郎さんはお留守ばかりでお会いできないので、父の用事について来てしまいました」  それから鮎子は、初めて清子に気づいたというように清子を見る。 「初めまして。(わたくし)、士郎さんの許嫁の鮎子と申します。あなたが拝み屋さん? 随分お若いですこと」  鮎子の挑発的な言葉にも清子は優しげな笑みを浮かべ、「初めてお目にかかります。安部清子と申します」と丁寧に応える。 「夜も更けて参りました。あとは当日を迎えるだけです。お付き合いいただきありがとうございました」  そう言い置くと、清子は「これで失礼いたします」と自室に戻って行った。 「士郎さん、あんな綺麗な方とずっとご一緒で、鮎子は心配です……」  鮎子は士郎の側ににじり寄る。 「鮎子さん、私と清子さんはあれのことを調べていただけで、何もやましいことはありません。さあ、お父上の所へ行きましょう」  士郎はそう言って立ち上がった。
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