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ルードリッヒは長い足を組むと、カエルを前にした蛇のような笑みを浮かべました。
外に設けられたお茶会の席。カップに入った紅茶に、大樹の葉が風に揺れている影がちらちらと映っています。
のどかな時間にふさわしくない、傲慢な声。
「おまえが俺のことを嫌いでもさ。ぬいぐるみになったんだから、俺とキスしないといけない」
「はわわっ!」
リエールうさぎは動揺し、陶器製の椅子からポトリと落ちてしまいました。
離れた場所から見守っていた侍女が駆け寄ろうとするのを、王子が手で制します。
「助けるな」
「ですが……」
「うー、バタバタ」
慣れないぬいぐるみの体で、必死に起きあがろうとするリエール。手足をバタつかせ、お尻を懸命に持ち上げます。
(なんだ、これ。可愛い以外の言葉がでてこないぞ。キスをしたいが、ぬいぐるみ姿をもっと見ていたい。どうすればいいのだ……)
リエールを人間に戻す義務と可愛いもふもふうさぎとの間で、葛藤するルードリッヒ。
リエールうさぎはどうにか起き上がると、拳をグーにして叫びました。
「ルーヒの意地悪っ! キスしなくていいもん! 私、ぬいぐるみでいる!」
「はぁ? なに言ってんの? 火に焼かれて死にたいのかよ」
「そういうわけじゃないけど……。でも、ルーヒとキスするなんて嫌っ!」
「はっ! 生意気な女。いいか、よく聞け。俺は大国ユーストリアの王子。顔も頭もいい。剣の名手でもある。世界中の女が俺とキスしたがっている。だが俺はこのときのために、寄ってくる女を追い払ってきた。俺の初めてのキスをおまえにくれてやるんだ。ありがたく思え」
リエールは(こういう横暴なところが大嫌いっ!)と、うさぎのほっぺを膨らませます。
「全然嬉しくない! むしろ迷惑!」
「迷惑だと? 生意気なうさぎには躾が必要だ。俺に逆らうとどうなるのか、その小さな口に教えてやる」
「口になにを教えるの?」
「キスのやり方」
「きゃあーーっ!!」
うさぎのぬいぐるみになっても、声はリエールのまま。飴がとろりと溶けたような甘ったるい悲鳴が、王子の胸を甘くかき乱します。
「待てっ! 逃げるな!!」
「逃げる!!
「隠れるな!」
「隠れる!!」
リエールうさぎは短い足を一生懸命に動かして、侍女のスカートの中へと逃げ込みました。
王子と目が合った、侍女サランシュアは曖昧に笑います。
「あ、あの……」
「リエールがぬいぐるみになった。王様とお妃様への報告は?」
「はい。もう一人の侍女が報告に走りました」
「そうか。それではまもなく王様たちが来るだろう。君が、リエールを人間に戻す邪魔をしていると思われるかもな。最悪、ミルーシェの仲間だと疑われる可能性もある」
「そんな! わたくしはあの恐ろしい魔女の仲間などでは!」
サランシュアの悲痛な叫びが、リエールうさぎの長い耳に届きます。優しいリエールは、サランシュアを守るためにスカートから飛び出しました。全力で次の隠れ場所へと走ります。
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