果てまで

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果てまで

 サンタクロースを信じるのを辞めてしまったのはいつの頃だろう?  小学2年生? それより前、幼稚園児の時だったか? 思い出せないが、60を目前にした今、私は再びサンタクロースの存在を信じるようになった。  ある日、私の家の玄関の前に、『プレゼント』が山と置かれていた。  それらには逃げられないよう、『処置』がされていた。  私は最初それを見た時、驚いて悲鳴を上げたが、傍にあった手紙を読むと、感情が一瞬で反転した。  貴方がお探しのモノをお届けします。少し早いですが、メリークリスマス                         通りすがりの吸血鬼より  手紙を握る手に力が入る。普段なら悪質なイタズラとして破り捨てるところだがーー  『プレゼント』たちには※※が無かった。  普通の※※ならばもう死んでいる。それに、プレゼントたちの目は赤く、口には長い牙が生えていた。  そう、それこそまさに、吸血鬼のようなーー  私は『プレゼント』に質問する。  『プレゼントたち』は、助けてくれとしか言わなかった。  助けて欲しければ、言え。  私が※※を踏みつけながらそう言うと、『プレゼントども』はペラペラと喋り始めた。  そうして、確信する。  これは、これこそが、私が、ずっと欲しいと思っていた『モノ』だと。  『プレゼント』は今、私の家の地下室にいる。  床に耳をつけた。  地獄の声が聞こえる。  私は満足して微笑んだ。  そして、娘の写真に向き直る。  娘の前に、ホームセンターで買ってきた工具を並べた。  チェーンソー、電動ドリル、糸鋸、ノコギリ、鉈、五寸釘、鉄鋏…。  写真の中で歳を取らなくなった娘が、ソレを見て笑ったような気がした。    あの日、娘は泥だらけで帰ってきた。  家に入るなり浴室に直行し、そのまま何時間も出てこなかった。  警察に相談した。  証拠品として提出しようとした娘の衣服は、いつの間にか燃やされていた。娘が、一斗缶の中に入れ、灯油をかけて燃やしたのだ。  それで打つ手がなくなった。  娘は何も喋らなかった。  喋れなくなった。  家から出なくなった。  一時間おきに浴室で身体を洗う以外、部屋からも出てこなくなった。  娘の肌は、それでズタズタになった。  もう見ていられない。  ずっと付きっきりで娘を看病していた妻が、ある日限界を迎えた。  私は何も言うことが出来ず、ただ妻の手を握った。  その日だった。  浴室で、娘が手首を切ったのは。  そうして今度は、妻が娘の部屋から出てこなくなった。  けれど、それはもう昔の話だ。  『プレゼント』がサンタクロースから届いて以来、妻は『プレゼント』に夢中で、今も地下室にいる。  いくら斬っても壊れない。  いくら砕いても壊れない。  いくら削っても壊れない。  いくら※※しても壊れない。  なくなる端から、生えてきた。  見ていて、それはとても愉快な光景だった。  ただ、手足だけは最初に『処置』されていたように、焼かなければならない。そうしないと生えてきて、逃げられる可能性があるからだ。  妻にはガスバーナーを常に持たせ、それだけは注意するように言い聞かせてある。  妻は、笑顔で、分かったわと言った。  その顔を見て、私は心の底から、大丈夫だと安心することが出来た。  さて、そろそろ『脂』で錆びた道具の代わりを、持っていってあげなくては…  そう思い腰を上げると、廊下で妻と、ばったり出くわした。  妻はバケツを持ち、もう片方の手にペットボトルのたくさん入った袋を抱えていた。  部屋に引きこもって以来、妻はトイレにも行かなくなった。  中に入っているのは、たぶん妻の排泄物だろう。  それをどうするんだい? と、訊ねると、妻は十代の少女のように微笑み、  インターネットで色々調べたらね、面白いのを見つけたのよ。『糞喰い』って、言うらしいんだけど。  そう言って、誇らしげに排泄物を私に見せてきた。  私は、にっこりと微笑んだ。  「重そうだね。私に、貸してごらんなさい」  妻は首を横に振った。  大丈夫よ。あなたには、ソレを持ってもらわないと困るし。  妻が、バッグに入った大量の工具を顎で指して言った。  「これくらい、何ともないさ。さあ、そのペットボトルの袋を渡しなさい」    ーーーキミに、これ以上、重いものは持たせられないよ。  私がそう言うと、妻はやっと観念して袋を渡してくれた。  そうして2人で一緒に、肩を並べて、地下室へ向け、歩いて行った。  このまま、どこまでも歩いていける。  そう、思った。    
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