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「優一くんか。ありがとう、来てくれたんだね」
「はい、お久しぶりです。実叔父さん」
お盆と年末年始くらいしか顔を合わせる機会がない。それでも会うたび優一を気遣い、良くしてくれる。
「これ、どうぞ」
「ありがとう。でも、すまないね。花瓶が一つしかないんだ」
実はかすかに笑い、ベッドサイドのテーブルに目を向けた。
そこには細い花瓶がおいてあり、ルーズリーフを折って作った花が一輪さしてある。
「一番好きな花は白薔薇だって言ったら、静が作ってくれたんだ。優しいよなあ」
さっき下の花屋で見た薔薇は、一輪二百円。
あの子には花一輪を買うお金すらないのが、それでわかった。
この優しい薔薇のかわりに市販の花を挿すのは、あまりにも無粋な気がする。
「……わたしは、あと六ヶ月生きられればいい方だと、医者から言われていてね。……静のことだけが気がかりだ。父親らしいことを何もしてあげられなかった。クリスマスも、初詣も、約束を叶えてあげられそうにない。本当は、静が結婚して母親になるところまで見守りたいけど、わたしにはできない。だから、せめて、最後のクリスマスプレゼントをやりたいんだ」
実は優一が渡した見舞金の袋を、そのまま優一に託した。
「恥ずかしい話だが、家計は完全に妻に管理されていて、自由になる金がない。これがわたしの全財産だ。だからこれで、静にボストンバッグを買ってやってくれないか。来年、修学旅行があるのに、静は学校指定の通学カバン以外のバッグを何も持っていないんだ」
優一が見舞金を持ってこなければ、それすら叶わなかったのだ。
悔しさと悲しさと怒りで、頭が熱い。今すぐ祖父の家に帰って叔母とキララを殴りたい衝動に駆られた。
でも、いま優一がすべきことは叔母たちを殴ることじゃない。
「わかりました」
「いいカバンなら、修学旅行の先……卒業旅行、家庭を持ったときには新婚旅行、家族旅行でだって使えるだろう? わたし自身がそばにいてやれなくても、少しはあのこのそばにいられるような気がするんだ」
苦笑する叔父の腕には、点滴の針が刺さっている。以前会ったときより、腕がかなり細くなっていた。
優一は涙をこらえ、笑い返す。
「すぐ、行ってきます。静ちゃんが大人になってもずっと使いたいと思えるようなもの、買ってきますね」
「頼んだよ、優一くん」
病院を出た優一はすぐショッピングモールに向かった。
あまりかわいらしいものやきれいなものだと、叔母とキララが横取りしかねない。そういう点を考慮して、キャンプで使うような頑丈で機能性に特化した真っ黒なバッグを選んだ。丁寧に扱えば十年以上は使えるが、オシャレ好きな女子が絶対に持たないものを。
ラッピングしてもらい、メッセージカードも一枚もらう。
バッグを届けると、実は何度も優一にお礼を言った。
生きている実に会ったのは、その日が最後。
十二月に容態が悪化し、クリスマスの頃には意識不明になっていた。
そして、年が明けてすぐ息を引き取った。
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