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松は心臓が止まるんじゃないかと思うくらい驚いた。
死んだはずの父、和男がそこに立っていたのだ。
「な、なんで、生きて」
「そりゃあ生きているさ。病気が快癒して、十日で退院したからな」
「はぁあああああ!?」
松と梅、キララの声が裏返る。
死んで遺産を受け取れると思ったから来たのに、生きている。
「ざけんな、ジジイ。騙しやがったな! 遺産の話でなきゃこんなところに来ないっての!!」
怒鳴る松を無視して、和男はイヨの隣に腰を下ろす。
「遺産の話をするとも。退院したあと、遺言書を作成して公証人に託した。だから、お前たちにも話しておこう」
「もったいぶらずに早く話しなさいよ」
和男が出したのは、二枚の紙だ。
松と梅に一枚ずつ。
分配金額について書かれているはず。
和男の手からひったくり、文面を見て目を疑った。
「推定相続人廃除届け…………!? クソジジイ、まさかあたしたちに遺産を渡さないつもり!? 血を分けた娘なのに! 親なら子に金を渡せよ!」
「子どもだから無条件でもらえると思っていたのなら相当の阿呆だ。親が子に金を渡せ? お前、静に一円もやったことがないだろう。それどころか静を働かせて全額自分たちの遊ぶ金にしていた」
矛盾点を指摘されて、松は唇を噛む。
廃除届を力任せに破き、細切れにしてばらまく。
「ばーか! 粉々になっちまったからもう提出できないよ! これであたしの取り分は」
「それはコピー。もうとっくに役所に提出して、受理されている。これは決定事項だ。松と梅は遺産相続権を持たない。オレが申請すれば取り消しも可能だが、お前たちの行動は目に余る。入院しても見舞いをする気はない、葬式に出る気はないのに金だけ受け取れると思ったら大間違いだ」
「取り消せるなら取り消せ。アタシも松も金を受け取る権利がある! 遺言書を書き直せ!」
梅が卓を蹴ってつかみかかってきても、和男は顔色を変えない。
イヨに視線をやり、イヨはゆっくりと頷く。
「和男さんへの暴行、遺言書を書き直すよう脅迫……優一が録画してくれているわ。この証拠を警察と弁護士に提出すればどうなるか。あなたたちが聡明なら、わかるわよね。あなたたちは相続する権利を失ったの。それを理解できず、まだお金を寄越せと言うなら、すぐ警察に行くわ」
イヨがずっと持っていたスマホは、テレビ通話で優一に繋がっていた。
優一はパソコンの講師をしているから、画面録画をするのは容易い。
データを破棄させようにも、優一の居場所を、連絡先を知らない。婚姻届に書かれていた電話番号はとっくに破棄されていた。
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