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今のは本当にあった会話なのか、幻聴じゃないか……不安な気持ちで待合室のベンチに座る
三十分後、背の高い男性が息を切らしながら駅の待合室に入ってきた。
あたりを見回し、静の姿を見つけて泣きそうな顔でかけよってくる。
「静ちゃん! ああ、よかった、無事で」
ぎゅっと強く抱きしめられ、静は驚いたけれど、本当に静の心配をしてくれているのが伝わってきて、身を任せた。
誰かに抱きしめてもらえたのは何年ぶりだろう。
幼い頃、父が抱っこしてくれて以来かもしれない。
(忘れていたわ。人は、こんなにもあたたかいんだ)
優一は静の手をあたたかな手で包む。
「こんなに冷えて……。寒かっただろう。すぐ、僕の家に行こう」
静は黙って頷き、優一に手をひかれて歩く。
静は優一の人となりについて、母から聞かされた話しか知らない。
浮気して前妻に逃げられた男、妻を家政婦代わりに使う人。
でも、実際に静が連絡したら、夜遅いのに駆けつけてくれた。
あたたかくて優しい人なのではないか、と思えてくる。だって、静が電話でお願いしたように、電子マネーだけ送って自分で電車に乗って来いということもできたはずだから。
どんな人間なのかわからなくて、静はじっと優一を見上げる。視線に気づいて、優一はふわりと微笑む。
「どうしたんだい?」
いいと言われるまで口を開くな、そう言われて育ったから、静はどうしたらいいかわからず、うつむいてしまう。
「なにか聞きたそうな顔をしている。いいよ。何でも聞いて」
「……どう、して、ですか」
静を嫁にと言った理由も、自ら迎えに来てくれた理由もわからない。
タダで使える家政婦が欲しくてここまでしているなら悲しい。
胸に込み上げてくる重たいものを形にできなくて、ようやく出た言葉がどうして、だった。
「静ちゃんはきっと、僕と同じだと思ったから」
笑顔に少しだけ悲しそうな色をにじませて、優一は歩きだした。
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