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それからアルバイト先二ヶ所に顔を出した。
結婚と引っ越しが決まったので最短で辞職したいこと、それから恥を忍んで実家の事情を話し、最後の給料は手渡しにしてほしいことを話す。
こうすれば、せめて最後に働いた分は静の手元にくる。
「あなたは長く働いてくれているのに、自分のものを何も買っている様子がないのが不思議だったの。そんな事情があったなんて、気づいてあげられなくてごめんなさいね。あとのことは気にしなくていいから、旦那さんと幸せになりなさい」
「私の方こそ、すみません。お店が忙しい時期にこんな話をして。これまでお世話になりました。ありがとうございました、店長」
店長に謝罪されて、静のほうが申し訳無さでいっぱいだった。
店を出て、優一は近くにある駅ビルを指す。服屋のテナントが多く入っている場所だ。
「あとは静ちゃんの服を買おうか。あのバッグに詰まっているので全部なら、足りないだろう。遅めのクリスマスプレゼントに、静ちゃんの欲しいものを贈るよ」
「そんな、自分で買います。さっき、お給料もらえましたし」
あの家から逃がしてくれた上に、服まで買ってくれるという。
いくら法の上で夫婦になったとはいえ、優一のやさしさにそこまで甘えるわけにはいかない。
「気にしなくていいよ。男のロマンとして、一度でいいから奥さんにクリスマスプレゼントを贈るっていうのをしてみたかったんだ。あと、夫婦で初詣してみたい。叶えてくれたら嬉しい」
前の奥さんとそういうことをしていない様子だった。
奥さんがそういうことを煩わしいと思うタイプだったのか、それともクリスマスも正月も過ごさないうちに別れてしまったのか……。
聞いていいことなのかどうか、わからない。話してくれるまで、聞かないほうがいいような気がした。
夫婦になったけれど、静は優一のことを何も知らない。
きっと優一も静のことを、母が親戚の集まりで話した断片的な部分しか知らない。
(私、優一さんにもらってばかりでなにも返せていない。食べ物の好き嫌いすら知らない。もっと、ちゃんと知りたいな、優一さんのこと)
二人で服屋をまわりながら、静はそんなふうに思った。
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