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食事を終えてコーヒーを楽しんでいると、新しい客が来店する。
静たちと同じような旅行客らしい二人組の男性、「宿の温泉楽しみだねー」なんて話している。それから、近くのオフィスで働いているのだろう、紺の制服にコートをかるく羽織った女性が一人。
女性は、静たちのテーブルのすぐそばのカウンターに座った。
メニューも開かず「チーズトーストのコーヒーセットでお願いします」と言って、バッグから文庫本を取り出す。そしてチラと静たちの方を見て、目を見開いた。
「静ちゃん!?」
「え? えーと……あ。チコ先輩?」
そのひとは、実家の近所に住んでいた、一つ上の先輩だった。
高校卒業後はそのままどこかで就職してひとり暮らしをすると言っていた気がする。三年会っていなかったし、最後にあったときよりずっと大人びていたから一瞬誰だかわからなかった。
チコは大きな声を出してしまったことで、慌てて自分の口をふさいだ。
それから静と優一を交互に見て、聞いてくる。
「あの、この方は?」
「彼は私の夫、優一さんです。優一さん、彼女は実家近くに住んでいた先輩で、チコ先輩」
優一は軽く会釈して挨拶をする。
「はじめまして、静の夫で、優一といいます」
「こちらこそ。……うーん、キララのことを信じてはいなかったけれど、結婚したことだけは本当だったの?」
「あいつは昔から虚言癖があるから……うん。まわりにどう言っていたのか、大体は想像つく。僕のこと、静をこき使う相当なクズとでも言っていたんじゃない? それってキララの自己紹介でしかないのに」
優一は顔色一つ変えずに半笑いだ。予想通りなようで、チコは曖昧な笑みを返す。
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