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「紹介したい人がいるんです」
息子が口を開いた。
大学院を出た後研究と称して海外を飛び回り、数年ぶりに帰って来た最初の言葉がこれだった。
ここまで育てるのにかかった親の苦労など、子供は考えもしない。それが世の習い、といってしまえばそれまでだが、我が家の場合はいささか事情が特殊なようだった。
「紹介したい人って、おまえそれは」
チャポン。
大きな水槽の中で、抗議するかのように水が撥ねた。
「失礼じゃないですか、彼女に向かって」
「ああ、悪かった。だがおまえ、それは──魚だろう?」
「ええ。僕と彼女は、マダカスカル島沖で運命の出逢いをしたんです」
息子が滔々と「二人」の経緯について喋っている間、私はガラスの水底に横たわる「それ」を眺めていた。昔話題になったシーラカンスに似た愛嬌のある顔立ちだが、どこかが違うことは判る。あるいは、その辺りが息子の学術的興味をそそったのかも知れない。
しかし──それと結婚とは、また別の問題ではないのか。
「もう決めたんです」
今まで見せたことのない、信念に満ちあふれた息子の顔だった。
「彼女もお父さんも、必ず僕が幸せにします」
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