愛のチカラ

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 一箇月が過ぎた。 「……母さん」  真新しい縁側に腰掛け、私は茶を飲んでいた。  いつか子供達が戻って来ることを願って、退職金を元手に立て替えた二世帯住宅。だが隣にいるべき妻は既に亡く、息子は二階で魚と同棲している。私はと言えば、こうして空を眺める毎日だ。  まさに世は無常という他はない。今一度湯飲みを口に運んだその時、階段を転がり落ちんばかりの足音が響いた。襖が開け放たれ、息子が惚けたような顔を突き出す。 「……お父さん」 「落ち着きなさい。ご近所に迷惑だろう」 「彼女が、彼女が」  あの古代魚がどうかしたというのだろうか。大きく一度喉を上下させ、息子は頷いた。 「水から上がって来たんです」  息子に連れられて、私は久方振りに階段を上がった。  短い廊下を折れ、化粧板張りのドアを開ける。寝室に踏み込むのは気が引けるが、この際仕方あるまい。ベッド脇の水槽を──いや、フローリングの床を見やり、私は言葉を失った。  短かった尾鰭は長く太い尾に変わり、胸鰭と尻鰭があったはずの場所には、短いがしっかりとした足がある。腹を擦り全身の筋肉をくねらせ前進して来るそれは、遠い昔田舎の川で見たオオサンショウウオに酷似していた。 「愛の奇跡だ」  感に堪えないように、息子が呻いた。 「魚類から両生類へと進化したんですよ、彼女は。数億年の時の流れを、一気にジャンプして見せたんです」  そんなものだろうか。すっかり興奮した様子の息子をよそに、私は点々と濡れた床を眺めていた。
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