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さらに時は過ぎた。
その朝も私は、仏間で線香を上げていた。仏壇の中央には、妻の写真が整然と納まっている。今この家で起こっている事態など知る由もない、穏やかな笑顔だ。
合掌した手を下ろし、庭へと視線を移す。その手前の縁側を、疲れた顔をした息子が横切っていった。
「どうしたおまえ、顔色が悪いぞ」
「彼女が、眠らせてくれなくて」
オオサンショウウオを相手に、一体どんな夜を過ごしているというのだろう。丸太のような「彼女」を持ち上げ、息子はその肌を示した。
「それに、もう両生類じゃないんですよ。ほら」
体を包んでいた粘膜は消え、代わりに金属的な光沢を持つ鱗が生えている。成程、形状こそほとんど変わらないが、彼女は着実に階段を上り続けているのだ。
「それよりお父さん」
巨大な爬虫動物を抱え上げたまま、息子は言った。
「もういいでしょう? そろそろ彼女を、お母さんに紹介したいんです」
「……今はやめておきなさい」
妻は、蛙や蛇が大嫌いだったのだ。
しかし間もなく、そんな心配もなくなるのだろう。思いながら私は、後手にそっと仏壇の扉を閉めた。
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