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【第1話】
「理人と会うのは、今日限りにしたいの」
私は、勇気を振り絞ってそう告げた。
今でも私は理人のことが大好きだ。
たくましい体つき。
それでいて中性的な顔。
そんなところまで配慮しなくてもいいんじゃ、とこちらが恐縮してしまうくらいの優しさ。
観察力の賜物なのか、遊びに行く場所も食べ物も、まるで私の好みをすべて知っているかのように毎回外さないところ。
文句なんて一つもない。あるわけがない。
――ただ一つの点を除いて。
「と、突然どうしたんだい? 僕、何か気に障ることでもしたかな」
私が住み込みで勤めている、海と山に挟まれた辺鄙な温泉街にある旅館。そのすぐ近くにある、マスターが一人、ウェイトレスが一人の小さな喫茶店で、正面に座っている理人があたふたしながら答えた。
普段は、二十代後半だと思われるその若さとは不釣り合いなほど落ち着き払っているだけに、こんなに慌てた姿を見ることはあまりない。
ちなみに、彼の年齢は知らない。
私も、自分の年齢を伝えていない。正確には、自分の年齢を伝えることができない。
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