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余白の多い背景のような国、そんな天国にあるカフェで鮎川雪音は、週に4回働いていた。
時の流れがゆるやかなこの国で雪音は、入れ替わり立ち替わり訪れる来客に飲み物や軽食を提供している。
「雪音ちゃん、明日、休みだっけ?」
コーヒーカップを食器洗浄機に入れながら、マスターである高橋幸成が雪音に尋ねた。
「はい、相談所に行ってこようかと」
「ああ、もうそんな時期か」
自分にもそんな時期はあったとばかりに、高橋は自分の顎を撫でた。
「今年は……どうするの? ああ、答えたくなかったらいいんだ。雪音ちゃんの問題なんだから」
「今年も、『待つ』で更新するつもりです」
質問しておきながら遠慮しようとした高橋に、雪音は微笑みながら答えた。一瞬、呆気にとられた顔した高橋だったが、すぐに表情をゆるめて「そうかい、そうかい」と微笑んだ。
「雪音ちゃんがそれでいいって思ったんならそれが一番いいんだよ」
そう言ってくれた高橋に「ありがとうございます」と雪音は軽く会釈をした。
どれだけ深く結ばれていた恋人たちも同じ時に現世を去るケースは少ない。
どちらか一方が先にこの国に来たとき、いずれこの国にやってくるであろうパートナーとまた結ばれる意志はあるか?
その意志の更新手続きが一年に一度ある。
雪音は、毎年、「待つ」という意志表示で更新を続けていた。
かつて現世で、夫婦として過ごしていたパートナー・鮎川敦司を雪音は「待つ」を選択して、更新している。
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