7人が本棚に入れています
本棚に追加
静かな部屋にこぼれる音は
風呂から上がると、やはり部屋は静かで温かかった。麻理恵はこっちに背を向けて、リビングの出窓に飾ってあるくまのぬいぐるみをいじっている。麻理恵はくまのぬいぐるみを集めるのが好きだ。大小さまざまなぬいぐるみを並べては、頭をなでたり話しかけたりしている。麻理恵にとって僕はでっかいくまのぬいぐるみのようなものなんだろうな。僕の気持ちなど興味もないのだ。
ソファに腰を下ろすと、麻理恵が駆け寄ってきた。一生懸命口を動かしている。テディベアの蘊蓄でも語り始めたのだろう。いつもと違うのは、僕の顔色をうかがっているところ。さすがに何か変だと気付いたのだろう。でも、しゃべり続けるのをやめない。一定のスピードで口をパクパクさせている。こっちに何か質問をしているのなら、質問の後に口を閉じるはずだ。それが全くないから、僕のことが気になりながらも蘊蓄をたれ続けているのだ。
つかれたな。僕はソファの背もたれに体重を預けて、天井を眺めた。無理だ。もう付き合えない。目を閉じると、ため息が出た。
「・・・・・好きなのに」
唐突に、言葉が聞こえた。麻理恵の声だ。
え?
思わず身を起こした。
「今、なんて言った?」
麻理恵の口がパクパクと動き始めた。きっと蘊蓄の続きだ。
「違う、違う、さっき言ったことだよ。僕のこと、何か言ったよな」
違うかもしれない。僕のことではないかもしれない。でも輪島さんは、聞きたくない音を聞こえないようにしてくれた。だったらあの言葉は、僕が聞きたい言葉のはずだ。
「さっき、僕のこと『好きなのに』って言っただろ」
麻理恵はぎょっとして、まったく口を動かさなくなった。真っ青な顔をして、黙り込んでいる。僕は、辛抱強く待った。やがて、麻理恵は言った。
最初のコメントを投稿しよう!