静かなオフィス

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僕が暗い表情になったのを輪島さんは見逃さなかった。 「なにかあるんですか?」 話すべきだろうかと一瞬ためらった。まだ、昼休みが終わるまでには時間があった。いいや、話してしまおう。 「一分でも一秒でも、静かな場所にいたいんです」 「そりゃまたどうして」 「家がですね・・・うるさいんです」 「お子さんがお小さい?」 「いえ、子供はまだです」 「ほう。では、けんかでもなさっていて、怒鳴り散らされるとか?」 「いえ。ただ、妻がおしゃべりをやめないんです」 「おしゃべりをやめない?」 「ええ。僕の帰宅を待ち構えて、ずっとひたすらしゃべり続けているんです。その日あったことを逐一実況中継するみたいに。スーパーにいって甘塩の鮭にするか生の鮭にするか迷った話を一時間は引っ張りますよ」 「一時間!!」 「ええ。なんの誇張でもありません。こんな感じです。生鮭の産地はノルウェーで甘塩のほうはチリ産なの。チリはもともと鮭の生息地じゃなくて、日本の商社が苦労に苦労を重ねて鮭の稚魚を放流して鮭が回帰するようになったのよ。その苦労を思えばチリ産を買うべきか、それとも本来の生息地に即したノルウェー産を買うべきか、はたまた国産の鮭を探し求めて他のスーパーに行くべきか、いっそのこと塩サバにしようか安いのは鶏むね肉だけど最近肉料理が続いているので飽きてはいないか心配になってきているからやはりここは生の鮭をムニエルにするべきであろう、そうなるとやはり国産の・・」 「ああ、ありがとうございます大変よくわかりました。しかし奥様は博識でいらっしゃる」 「専業主婦なんです。僕に話して聞かせるネタを仕入れるため昼間はネットで情報収集しています」 「お仕事することを勧めてみてはどうでしょう。情報収集しなくなるのでは?」
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