静かな部屋

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『吉岡君の話を最後まで聞いたら、いいことがありますよ』 そう言ってくれたのは小学校一年生の時の担任、酒井先生だったなあ。ちょっと輪島さんに似た、銀髪の老先生だった。あの頃僕には吃音(きつおん)があった。普通の会話ではそれほどでもないけど、授業で指名されたとき、最初の一言がどうしても出ない。 『あ・・あ・・あ・・』 と口をパクパクさせている僕をみんなが笑う。そんな時に先生が言ってくれたのだ。 『どうして吉岡君の話を聞くといいことがあるんですかー』 『そりゃ吉岡君がいいやつだからだよ。いいやつの話を最後まで聞いたら、聞いた人にはいいことがあります』 『ええー。俺だっていいやつだよぉ』 『そうだね。このクラスの子はみんないいやつです。だからみんな、相手の話を最後まで聞きましょう』 クラスが温かい笑いに包まれた。今思えばあれは催眠術みたいなものだった。みんな相手の話を最後まで聞くようになった。酒井先生のおかげで僕は吃音を気にせず話せるようになり、吃音自体いつの間にかなくなっていた 先生。僕はいま、話し始めることさえできません。これはもう、無理ですよね。
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