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 荒れ狂う女の姿を見ながらも、私はいまだに死ぬことも気を失うこともできなかった。  喉に詰められた女の髪はもがくほどに奥深くへと突き刺さってきたが、同時に髪の毛だったからこそ、かろうじて呼吸をつづけることができた。  かりに食わされたのが濡れた脱脂綿だったら、私はとうに命を落としていただろう。よく乾いた細い髪の毛だったからこそ、私は激痛にさいなまれながらもいまも生きながらえていられた。  当然、性急な呼吸は厳禁だった。ひとたびむせ返れば、髪の毛は今度こそ私の気道を完全に塞いでしまうだろう。  私は細い糸をたぐるように注意深く呼吸した。その糸の先につながっているのは、私の命だ。  だが、いつまでもこうしてはいられなかった。女がいまだに巨大な裁ち鋏が握っていたからだ。  用済みになった私を女が生かしておくという保障もない。事を終えたあと、私は全身を切り刻まれて殺されるかもしれない。私の喉を切りひらいて、そこに詰まった、かつて自分の一部だったものを愛しげに眺めるかもしれない。  女が持つ鋏が死神の鎌に思えた。ぐずぐずはしていられなかった。  いまや女のヴァギナは私を痛いほどしめつけていた。持ち主の気など知らず、私の股間はさらに逞しくなっていた。  と、そこで私は、自分がなおも女と交わってることを思い出した。恐怖を前に快楽は消え去り、自分がいまどのような状態にあるのかをすっかり忘れていたのだ。女の胎内のさらに奥の部分が門扉を開け放ち、私の亀頭をさらに深くに包みこんでくる。  たったひとつだけ。ふと私は、自分の命が助かるかもしれない方法に思い至った。  もっともそれは不確かで、果てしなく広がった太平洋をイカダで漂うような心もとない方法だった。  一か八かの賭けに出るべきか否か。  逡巡する私を決断させたのは、またしても女の鋏だった。照明の光を受けてきらめいたその刃が、私の命の刻限が迫っていることを知らしめてきたのだ。  私は覚悟を決めた。女の太股が締めつけるなか、ほんの少し腰を浮かせることができたのが唯一の活路だった。  いまや女は、ドラッグレースで地平線を目指してかっ飛ばすバイクのツーストロークエンジンのような激しさでもって、セックスに狂いきっていた。  上下する女の腰の動きのなかでタイミングを見計らう。  子供の頃、ほんの好奇心から回転する換気扇に指を突っこんだことがある。私はそのとき支払った大きな代償について思い出していた。二十年以上経ったいまでも、私の右手の人差し指にはうっすらと傷が浮かんでいる。  半分とれかけた血まみれの指をぶらさげながら泣き叫ぶ私を両親がすぐに病院へ連れていってくれなかったら、その後の人生は大きく変わっていたかもしれない。子供の頃の私が想像もつかないほど先の未来で、また想像もつかないような理由で出会ったこの女を買うこともしなかっただろう。  きっと私はあのときのツケを払わされているのだ。  そしていま私は、少年時代よりもさらに巨大で危険な換気扇と対峙していた。  ひとたびこの狂気に飲みこまれれば、私の命などあっさりと失われてしまうだろう。ありていに言えば、女に殺されることは必至だ。躊躇する時間すら惜しかった。いま目の前で回転している換気扇は状況をただ呆然と眺めているあいだも渦巻き、私の命をじりじりと吸いこんでいたからだ。  危険をくぐりぬけろ。恐怖を克服しろ。  呪文のように頭の中でそう唱えると、私は女の尻めがけていきおいよく腰を突き上げた。 「あっ!」声をあげた女が、鉄板に焼かれでもしたかのように慌てて尻を浮かせた。  その瞬間、私はかすかな希望を見出した。それまで獣のようだった咆哮が、男と交わることに悦びを感じる女の声に変わっていたからだ。  はじめたからには、最後までやり遂げなければならない。突然の反抗によって虚を突かれて力なくへたりこもうとする女に、私は腰を突きあげてさらに強烈な一撃を見舞ってやった。  女が苦悶と快感の混じった叫びをあげる。  この二突きで、私はわずかながら優勢になれた。  だが女も負けてはおらず、太股のしめつけは少しも緩まなかった。それどころか、あの柔肌の裏で隆起する筋肉の力強さすら感じさせた。いっぽうで勃起状態を長時間維持していた私のペニスは、いまにも果ててしまいそうだった。  この状態になってからどれぐらいの時間が経過したのだろう。三十分? 一時間? あるいはもっとかもしれない。男としての絶頂を迎えてしまったら最後、それまで女を「挿し」ていた私は、女の鋏に「刺される」だろう。まったく、少しも笑えたものではない。  明滅する意識のなかで、私は動きを止めるのではなく、腰を振り上げることを選択した。  自分がトランポリン遊具にでもなったような気分だった。いや、女が男の上に乗る騎乗位の名の通り、草原を疾走する荒馬になった気分と言ったほうが正確だろうか。  これほどまでに性的な充足感をおぼえたのは初めてだった。  快楽の渦にありながらも怒れる瞳で睨みつけてくる女に対して恐怖はあったし、喉を貫く黒髪が激痛とともにとさらに喉の奥へと潜りこもうとしていたが、それでも私はこれまでの人生で最高の快感を味わっていた。
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