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パコはマローノの亡骸を両手で包むようにして持ち上げた。彼の仮住まいとして用意した空き箱はどこかに飛んでいってしまっていたし、手袋やハンカチもなかったので、こうして素手で触れるよりほかなかった。
初めて触れる友の身体はぞっとするほど冷たかったが、人間とは違う肌の質も、その表面からにじみ出ているであろう毒のことも気にならなかった。
自分の部屋に帰りつくと、パコはマローノがいつもいた窓辺を見た。そこには、彼と出会う少し前から鉢植えが置かれている。生前の祖母は、あの土の中に何かを埋めていた。
パコは鉢植えの土を指先で掘り返すと、作った穴の中にマローノを横たえ、もう動かなくなったその姿をじっと見つめた。そうしていれば半透明のまぶたをしばたかせて友が起き上がり、またいつものお喋りをはじめるものだと心から信じたかった。
だが、マローノは眠ったままだった。
暮れかけた西日が窓……マローノが初めてここに来たときに飛びこんできた窓から赤々とした光を投げかけるなか、パコは穴の横に盛った土を崩し、友の亡骸を埋めた。
それからベッドに腰かけると、ただ虚空を眺めた。
自分の時間が未来へと進み、今日止まった友の時間を置き去りにしていくのを感じながら。
マローノの肌に触れたことで毒が身体の中を駆け巡っているかもしれない。パコはそう考えながら、自分の両手の平を見つめた。
毒が効けば自分も永遠の眠りにつける。そうなればマローノや祖母の時間と、自分の時間とがこれ以上離れずに済む。
しかしパコに死は訪れなかった。吐き気や倦怠感、高熱や痺れすらも。身体の異変は何も起きなかった。
そして訪れたのは朝と、パコを迎えにきた遠因の親戚だけだった。
マローノの身体に毒は戻っていなかったのだ。まるで雨が半分だけ乾いた土に染みこんでいくようにゆっくりと、パコはそのことを理解した。
グアダラハラへと向かう車窓の外では、長年親しんできた家々がパコを見おろしている。マローノの命はこの街に打ち消された。彼の毒は、人間の毒に打ち消された。
***
その日、パコは海を見ていた。彼の背丈はあのときからほんの少し高くなっていた。
太陽は着実に水平線へと近づいてゆき、砂浜にいる人たちを平板なシルエットに変えつつある。
パコは両手で鉢植えを抱えていた。親戚が迎えにきたとき、唯一家から持ち出したものだった。
いまその土の中から、立てた支柱に寄り添うように束となった花々が大輪を重ねている。その花弁は、どれも友の肌の色と同じように鮮やかな赤をしていた。
時折吹く海風に合わせて花が揺れる。
どこかで、マローノのお喋りが聞こえた気がした。
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