ジャガーと毒ガエル

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 一緒に暮らしている祖母は外に働きに出ており、パコを一人残してときには数日間も家を空けることがあった。そんな生活に対してパコは普段こそなんとも思っていなかったが、昨日から家に居座っている毒ガエルの存在を思うと、祖母がいないことに心細さを感じた。  台所のどこを探しても霧吹きが見つからなかったので、ひとまず水を湿らせた脱脂綿を毒ガエルに差し出して部屋を出る。それからパコは台所のテーブルで食事と学校の宿題を済まし、夜は居間のソファで眠った。自分の居場所をちっぽけな生き物に奪われて情けなくはあったが、自分の部屋でくつろげるとも思えなかった。  日常に転がりこんできた厄介ごとに頭を悩ませて隙が生まれたのだろう。次の日の学校からの帰り道、パコはだしぬけに首根っこをつかまれると、道沿いの塀に押さえつけられていた。 「よう、弱虫野郎(マリカ)。いいところで会ったな」  背中で腕をねじあげられたところを、マリファナのにおいが混じった息がかかる。それだけで、痛みにゆがんだパコの顔から血の気がひいた。 「やめてよ、ペドロ……」  パコが声をしぼりだすと、地元の不良であるペドロの取り巻き二人がせせら笑う声が聞こえてきた。 「やめろって、誰に命令してるんだ? いつからそんなに偉くなった?」  パコは答えられなかった。痛みのせいで吐き気がこみあげ、目の奥がちかちかと点滅しはじめる。肩の付け根が燃えるような苦痛と悲鳴をあげた直後、彼はようやく解放された。地面に伏して喘ぐように息をついでいると、頭上からさらに高らかな三人の笑い声が降り注いでくる。 「ところで、今日はおまえのとこのいかれババアはでかけてるのか?」  その言葉を耳にパコは取り巻きの一人に殴りかかったが、前に突き出した脚で押し返されてしまう。そのまま地面の上に転がったところを、三対の脚から蹴りを見舞われた。身体を丸め、パコはこの痛みと苦しみに満ちた時間がいち早く過ぎ去るのをじっと待った。 「今度舐めた口をきいてみろ」執拗な蹴りを終えたあと、ペドロは肩で息を切らしながら言った。「煙草の火をおまえの目ん玉で消してやる」  取り巻きの一人がパコの背中からもぎとった鞄を逆さまにして中身をぶちまけたあと地面に放り、もう一人が空っぽになったそれをサッカーのコーナーキックよろしく蹴とばす。その様子を、パコは地面に這いつくばった姿勢のままただ見ることしかできなかった。  ペドロたちが去り、散らばったノートや筆箱を拾い集める。それらを抱えて鞄を拾いに行く途中で、パコの両目から涙があふれた。けして泣くまいと心に誓っていたというのに、我慢ができなかった。  荷物をまとめて家に帰りつくまでのあいだに、パコの上着の袖はすっかり濡れてしまっていた。
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