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カエルの持つ強力な毒という存在をパコが強く意識するようになったのは、祖母の死がきっかけだった。
マローノが家にやってきてから二週間近くが経ったある日のこと、地元警察と名乗る二人組が家を訪ねてきたのだ。
わけもわからないまま彼らの車に乗せられ、パコはコミタン・デ・ドミンゲス中央警察署の地下室まで案内されていた。
「司法解剖はまだなんだが、溺死のようだ。タマウリパスの西側に川が流れつく場所があるだろう、ラ・アンゴストゥーラだ。その畔で見つかってな。すまんな、坊主。身内がきみしかいないんで確認してもらってるんだが、つらい役目を負わせちまって」
警察官の言葉は何も耳に入ってこなかった。そこからどうやって家に帰ってきたのかもわからなかった。当面の生活への不安もなく、ただ生まれたときからずっと一緒に暮らしていた祖母が死んだことによる喪失感だけが、胸にぽっかりと穴を空けていた。
葬式をとりおこなうため、遠い親戚が街を訪ねてきた。天涯孤独の身となった少年を誰が引き取るかについては、大人たちだけの話し合いで決まった。パコは葬儀と埋葬に立ち会う以外、ずっと自分の部屋にひきこもっていた。
事情を察したのだろうか。マローノはずっと明るいお喋りを続けてくれたが、パコはなんの返事もできなかった。
「俺も一度、おまえさんのばあさまに会ってみたかったもんだ」
唯一マローノのその励ましに対して、パコは涙を流すことで応えた。
引き取り先の準備が整うまでのあいだ、パコは一人で家事を済ませ、マローノのために新しい脱脂綿に水を湿らせ、学校に通った。その生活のなかで祖母が生前よく焚いていたアロマの残り香を嗅ぎとって肩を落とし、作り置きしてくれたチリコンカンが底をついて、もうあの味を舌で感じることはないと悟ってため息をついた。
窓辺の、いまではすっかりマローノの居場所となったところには鉢植えが置いてある。今回の仕事にでかける前、祖母はそれに手をくわえていた。
「未来だよ」
何を植えているのかを訊ねたパコに祖母はそう答えた。普段から抽象的な表現ばかりをされるものだからパコにはよくわからないところもあったが、それがある意味で真理をとらえているということも理解できた。
祖母は一般的な常識とは違う尺度で世界を見ている。そんな肉親がいることに、パコは密かな誇りを抱いていた。
だがそれが、祖母の最後の教えになった。
その日、学校からの帰り道でパコはふたたびペドロたちと出会った。今回は結果的にどこも怪我を負わなかったものの、彼はいつも以上に傷ついて帰ってきた。
青ざめたのを通り越して紙のように白くなったパコの顔色を見て、マローノは息せき切って訊ねた。
「おいパコ。何があった?」
「ペドロたちが……」
「またあいつらに何かされたのか?」まるでその場にいないペドロたちに詰め寄るように、マローノが窓辺の上で歩を進める。
「ばあちゃんのことを言われた」パコはベッドの上に座りこんだ。「悪魔と契約するような魔女はぶくぶくの水死体になるのがお似合いだって」
「あいつらめ……それで、おまえさんはどうしたんだ?」
パコは首をただ横に振っただけだった。いつもどおり立ち向かいはしたのだが、地面に突き飛ばされただけだった。
「僕、悔しいよ」パコの両目から涙があふれる。脳裏によみがえったのは安置された遺体ではなく、どこか不敵な笑みを浮かべる生前の祖母の姿だった。「いつも、あいつらを負かしてやるって思ってるんだ。けど、心のどこかで本気で勝とうともしてなくて……どうせ勝てるわけがない。戦ってるふりをしてるだけだって……あいつらに勝てないのが悔しいんじゃない。ばあちゃんを馬鹿にされても勇気を出せない自分のことが嫌なんだ」
まるでカードを裏返すかのように、思い出のなかの祖母の姿が変わる。もう会えないほど遠くに行ってしまった美しい魂から、冷たさをたたえる水辺に浮かぶただの抜け殻となった肉体へと。
「おまえさんは優しいのさ」マローノは前脚を突っ張った三角形の姿勢で言った。「敵を倒すには冷徹じゃなきゃいけない。おまえさんにはそれがないんだ」
「じゃあ、そうなるにはどうすればいいのさ?」
「俺が分けてやろう」そう答えるマローノの顔に笑みが浮かんだように見えた。「密林のジャガーも震えあがるような冷徹さをな」
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