死者と結婚したはずでしたが

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 初めて会ったのは、八つのとき。  新年会の集まりに、親戚がみんな集まった。  集まったのは、隣村にある、私のいとこたちが暮らす家。  広い家だからか、親戚が集まるときはいつもこの家が使われた。  引っ込み思案だった私は両親の隣に座り、料理を少しずつ食べていることしかできなかった。  暖炉の前で遊んでいる子供たちを、うらやましく思いながらも。  大人は酔っ払い、子供にはわからない話で爆笑している。  ひどく居心地が悪くて、早く帰りたかった。  この日のためにダークブロンドの髪をくしけずり、編んで、結ってもらったのに。  鏡を見たとき、高揚したのに。  初めて着る、おろしたての空色のワンピースも自分の目の色にそっくりで、よく似合う――と思ったのに。  一緒に来た兄たちは、他の子供たちとだんごになって遊んでいる。 「……君も、遊ばないの?」  後ろから問われ、振り返った。  茶色い髪をひとつに結った少年が、緑の目を細め、にっこり笑った。 「遊びたい、けど。服を汚しちゃだめだし」 「女の子もいるよ。大丈夫」  彼が手を差し出したので、私はその手を自然と取った。 「俺、エルマー」 「私は、リラ」  立ち上がり、自己紹介をした。 「そうか。よろしく、リラ」  それからエルマーが子供を集め、鬼ごっこやかくれんぼをした。  エルマーは親戚でも、遠い親戚で、住んでいるところも遠かった。  私の家は普通の農家で、エルマーの家は大きな町に店を構える豪商だ。  だから、新年会だけだった。彼に会えるのは。  エルマーは聡い子で、私みたいに輪に入りそこねている子供を見つけては、遊びに引き込んでくれた。  そんな聡さは私と同い年だというのに、ずっと年上のように思わせ、それでいて明朗な性格は大人にも子供にも愛された。  私が十四になった日、両親に「村に、誰か気になるひとはいないか」と聞かれた。  自分が結婚可能な年になったのだと、その質問で思い至る。  誕生日に出たご馳走が前の年より豪華だったのは、気のせいではなかったのだ。 「……村には、いないけど……」  私は恥じ入りながらも、わらにもすがる思いで言葉を絞り出す。 「結婚するなら、エルマーがいい」  その答えに、父も母も渋い顔をした。 「ブラウ家のエルマーか。あの家はうちとは親戚といっても、かなり遠い親戚だし……。エルマーは次男だが、有力な商人の息子だから……引く手あまただろうよ」  やんわりと、「お前では選ばれない」と父ににおわされ、私はうつむくしかない。 「まだ急ぐことはない。ゆっくり考えなさい」  うなずいたけれど、エルマー以外に気になるひとができるはずがないと思った。  私が十五になった年に、この国――オーリアン王国は隣国のノルドラ王国との戦争に突入した。  兄ふたりが徴兵され、戦死の知らせが届いた。  両親は抜け殻のようになって、私がふたりの分を埋めるようにして畑を耕していると――  エルマーの父親が訪れた。 「エルマーが死んだという知らせを受けて……。うちの地方では、若くして死んだ者は死後に結婚させるのです。満足させて、未練を残さないように。リラさん、エルマーの花嫁になっていただけませんか?」  その話に、私の両親は最初は怒った。  死者と結婚させるとは何事か――と。  私も、どこかで聞いたことのある風習だった。  おそらく、このあたりでも昔はあって、今は廃れた風習なのだろう。  エルマーはオーリアン王国軍が全て壊滅した、「イシュタリア丘の戦い」に参加していたのだという。 「三年、結婚状態を維持してただければ……その後、離婚の手続きを取り、再婚の世話もします。リラさんだけでなく、あなたがたの援助もします」  エルマーの父の言葉に、私の両親は心を揺らがせたようだった。  兄ふたりが戦死し、年老いた両親と私だけではこれまでどおりの農作業が難しくなっていた折だった。  誰かひとを雇えれば、ぐっと楽になる。  両親は、ちらちらと私を見てきた。  視線が言っている。承諾しろ――と。 「……わかりました」  私に選択権はないに、等しかった。
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