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勇者
盛大な水音とともに、大きな水しぶきが上がった。浅い川に逆さまに落ちたのは、一人の青年である。
「よっこらせ・・・・・・ってカリグラ、少しは手伝ってくれよ」
重い剣を担ぎながら、水に濡れた体を起こし、陸地に上がったその青年は。
「ふん、間抜けな貴様が悪い。とっとと進め。お前が鈍い上にどんくさくてアホなせいで、なかなか魔王のもとまでたどり着けんのじゃ」
初老の魔道士、カリグラに悪態をつかれながら、「あー、確かに事実だけどさ」と困ったようにして頭をかく、その青年は──
「とっとと来い、グリル」
──若かりし頃の、グリル爺さんである。
「まったく、グリルって本当にとろいわよね。しかもせっかく女神様からいただいた炎の魔法も、全然使いこなせてないし」
「い、言うなよそれ。しかたないだろ?俺だって、まさか自分が勇者になるだなんて思ってもなかったし」
「だとしても、もうちょっと強くなろうとするべきよ!それなのに、鍛錬はサボるし修練は嫌がるし」
「分かってるっての。でも、みんながみんな、お前みたいな秀才じゃねえんだぞ、レイラ」
レイラと呼ばれた少女は、グリルの言葉にふんと鼻を鳴らした。
身につけているのは、どれも富豪しか買えないような超高級な装飾品ばかりで、魔王討伐の旅にはまったくふさわしくない。
だが、出会って3秒で彼女に殴られたグリルは、レイラの強さをよく分かっている。
「だいたいな。第一印象が足手まといの箱入り娘みたいだって言っただけで、俺を物理的に隣町まで吹っ飛ばせるようなやつに──俺の気持ちがわかるわけねえだろ!」
グリルは半泣きで叫んだが、当然のごとく無視された。しょうがない、レイラはこういう女だ。そう思うことで、気持ちを必死に鎮めようとする。
「おい、若いやつら。とっとと行くぞ」
前方をすたすたと歩いていくカリグラの言葉に、グリルはぱっと顔を上げた。
彼にも、あまり逆らわないほうが良い。何度か、彼の上級魔法で腕をへし折られかけたことがある。
「今、行くよ」
身の丈ほどもある巨大な剣を背負いながら、慌ててグリルは二人のあとについていく。
なるべく、急がなくてはいけない。魔王討伐の命令を下した王の言葉は、絶対だ。もしもしくじれば、ただではすまないだろう。
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