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クリスマス
クリスマスの朝が来た。
子供のいる家には、サンタの到来に喜ぶ声が上がる時間だろう。
弥生は、目を開けて、隣を見た。
サンタの贈り物は無かったが、別の幸福がそこにあった。自分の顔を覗き込んで、微笑む翔真がいた。
「おはよう、シャワー、借りてもいい?」
ベッドから出て、裸のまま浴室に向かう。
その後姿を見送って、まだ、昨夜の余韻の中にいた弥生は、昨日からのジェットコースターのような展開に戸惑っていた。会ったその日に、こんな事になるなんて、これまでの自分には、考えられないことだった。
これから、どうすれば良いのか。翔真の気持ちを推し量る。付き合うのかどうかなんて、分からない。でも、確実に別れの痛みからは、遠ざかっている自分を感じた。
ふと、その時、翔真の脱ぎ捨てたズボンのポケットに、何か入っているのが見えた。手に取って、引っ張り出して見ると、黒いエプロンだった。店名のロゴが入っている。
その瞬間、全ての事が、弥生の頭の中で、一本の糸で繋がった。
目の前に、シャワーから出て、タオルを腰に巻いた翔真が立っていた。
「あそこに、いたのね…」
「うん…。ごめん。嘘をついてた」
「どうして?」
「あの店で、バイト中に、君が別れを告げられているのを見た。衝撃だったよ。悲しそうな目をして、黙って座っている君が、とても綺麗だった。何かの肖像画みたいで、目が離せなかった。店を出た君を、慌てて追いかけた。心配だったんだ。ショックを受けているだろうから」
「見当たらなくて、あちこち探したよ。やっと、あの公園で見つけた。嬉しかった。バイトのままだったんで、凍えてしまってたけどね。君が無事で、ホッとしたよ」
弥生は、黙ったまま翔真を見つめていた。その真意を見極めたいと思っていた。
「嘘をついたのは『盗まれた』と言うことだけ、後は全部正直に話した。…でも、ごめん。君の親切につけ込んだのは、間違いない。許して欲しい。その上で、改めて、言うよ」
「弥生、君に恋をしてる」
どんな顔をすれば、いいのか。騙されたことは、ショックだった。でも、その奥に、自分に対する溢れる思いが、見える。それを、どう受け止めればいいのか。
弥生は、迷った末に、口を開いた。
「あのままだったら、私、今頃は惨めで、悲しくて、クリスマスが大嫌いになってたと思う。あなたに救われた。でも、嘘は嫌。許せない」
翔真が項垂れる。
「だから、私が許したくなるまで、そばにいて」
翔真の手が頬を包み込む。
そっと、唇を塞ぐ。
「了解」
クリスマスの祝福は、全ての愛ある者に贈られる。
了
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