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電車賃も無い。アパートの鍵も無い。泊めてくれる友達に連絡しようにも、スマホが無い。番号なんて覚えてもいない。実家は熊本で、飛行機じゃないと帰れない。学生だから、勤め先も無い。
年下の大学生だと思うと、かわいそうに思えてきた。
「…うちに、来る?」
二つ返事で、嬉しそうについて来た。
道々、聞いてみると、名の知れた有名大学の3年生で、アルバイトの帰りだったと言う。冬休みなので、来週は実家に帰る予定だった。三人兄弟の真ん中。実家で飼っている柴犬の名前は『イチ』。そんなことまで、喋る。
「あ、自分の名前、言うの忘れてました。翔真です。高畑翔真」
多分、お腹が空いてるだろうと考えて、途中、コンビニに寄った。軽い食事とチキン、ショートケーキにシャンパンを買った。
クリスマスイブだから。見知らぬ男と、祝っても、バチは当たらないだろう、と思った。
テレビのお笑い番組を見ながら、二人で笑い転げ、笑いながら、チキンを食べ、シャンパンを飲んだ。
翔真は、山岳部に所属していて、山でのエピソードを、面白おかしく語った。それを聞いて、また笑いながら、時間を忘れた。振られた心の痛みもしばし忘れた。
イブの夜が更けていく。
彼が着るはずだった、セーターを着た翔真が、黙って弥生を見つめる。
「…いい…?」
聞きながら、弥生の頬に手を伸ばす。
「うん…」
唇が重なる。
互いの体温を感じながら、薄暗がりの中、肌を合わせていく。
熱い息遣いと、密やかに漏れる声が、部屋の空気に溶けていく。
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