第5章:戦友

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帰り道は、上手く足が動かなかった。 雪が積もっているからとか、疲れたからとか、自分に言い訳をした。 胸に引っかかるものを、気のせいだと言い聞かせた。 森に着くと、ルルが手のひらの治療を施してくれた。 それでも、僕の顔色が良くなることはなかった。 日が沈んで夕食の時間になっても、食事が喉を通らない。 そんな僕の様子にルルも違和感を感じたようで、心配そうな目を向ける。 「…少しだけ、外の様子を見てくるね」 重い腰を上げて、ほら穴から出る。 外の様子を見るといって、特にどこへ行くわけでもなく、 ほら穴のすぐ横にある木に、崩れるように座り込む。 気が付けば、溜め息ばかり吐いている。 原因はわかってる。わかっていてなお、見ないふりをしている。 あの日、覚悟は決めたはずだ。 どうして今になって思い出す?彼と過ごした日々のこと、その色を。 ノアと出会ったのは2年前。衛兵入団式の日。 ただの同期。第一印象なんてそんなものだった。 エルフを嫌う人間とつるむつもりなんて微塵もない僕は、 初対面の彼に少々きつい態度を取っていた。 それなのに彼は懲りもせず、ひたすら話しかけてきた。 彼ほどコミュニケーション能力に長けた明るい奴には、 自然と人が寄ってくるものだ。 実際、彼が友達に困っているようには見えなかった。 だから不思議だった。僕に固執する理由がわからなかった。 同じ部隊だからか?自分と対照的な奴が面白いからか? それとも、そういう嫌がらせなのか? 彼は全部違うと言った。 「良い奴だと思ったからだ。」 眩しい笑顔を向ける。 拍子抜けした。こんな無機質な態度を取っているのに、良い奴だと? 耳を疑ったが、彼が嘘を吐いているようには到底思えなかった。 そんな彼を前に、冷たく接している自分が馬鹿らしくなった。 だんだん僕は彼と話すようになった。 同じ任務をこなし、隊長に怒られる時も訓練に励む時も、隣にいた。 共に過ごした日々は、決して薄くはなくて、 暖かい色に包まれていた。 ―――でも、アイツだって同じだ。 道端のゴミを見る目でエルフを見る。エルフの髪を金に換える。 ルルが目の前にいたら、きっと迷わず刃を振るう。 その死体を悼むことなく漁る。 …でもそれは、ユリオス王国に伝わる間違った伝説のせいだ。 ノアのせいじゃない。真実を話せば、理解してくれるだろう。 ―――ただ、巻き込みたくない。 彼は良い奴だから、話せば協力しようとする。 でも僕がしていることは、世界では認められない大犯罪行為だ。 仮にルルを集落に預けることができたとして、 その後の罪を背負うのは僕だけでいい。 ノアには、死んでほしくない。大切な戦友だから。 僕にノアは殺せない。
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