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服に刃先が当たるギリギリで、ノアは動きを止めた。
脱力したように、剣を下ろす。
「…何してる、早く殺せよ」
剣を握るノアの腕を掴んで、自身の左胸に当てる。
先ほどまでの力を、もうノアからは感じられなかった。
「このまま一突きすればいいだけだ。」
できるだろと、僕を殺すよう促すが、俯いたまま動かない。
首を横に振って、剣を引こうとする。
「ーっ、できない…」
涙声で小さく呟いた。
顔をあげたノアの表情は、酷く苦しそうだった。
怒りでも悲しみでもない。泣きたいのに、泣けない。そんな表情。
「だって、、お前は戦友だ。
なんで殺し合わなきゃいけない?」
戦友という言葉に息を呑んだ。
散々なことを言った僕を、彼はまた戦友と呼んでくれた。
その優しさに、固めた決意が揺さぶられる。
「なぁ、ルイ。俺にまだ話してないことがあるだろ。
ただの同期とか、思ってもないこと言うなよ。
お前がそこまでする理由を、ちゃんと俺に言え!」
――あぁ、そうだった。
出会った時から、そうだったな。
僕がどれだけ酷く接しても、お前はいつも、僕の心を見ていた。
「…、言わない」
そう言うと同時に、山に銃声が響いた。
4発くらいだったと思う。
誰が撃たれたのかと辺りを見回していると、不意に視界が歪んだ。
気づいたら、地面に倒れていた。
「ルイ!」
必死に駆け寄ってきたノアを見て、撃たれたことを自覚する。
脚や腹部に血が広がっていく感する。
―――痛い。
「時間がかかりすぎだ、ノア・ジョンソン」
聞きなれた声に薄っすら目を開けると、隊長が銃を構えて立っていた。
僕を庇うように、ノアが銃口の前に出る。
「俺に任せてくれるって、言ったじゃないですか」
「確かに言ったが、遅すぎて退屈になった。
たかが人間1人に何を手こずっている?」
隊長が僕達に銃を向けている状況を見て、冷や汗が出た。
キメラーズに居た頃、任務に同行したから知っている。
隊長は血も涙も無い冷酷な人間だ。
標的を殺すためなら、どんなことも躊躇わない。
このままだと、ノアも殺す気だろう。
「…ノア、下がれ。死ぬぞ」
痛みに顔を歪めながら、自分を庇う彼に声をかける。
「ルイ・ヴェーデン。お前に1つ聞きたい」
ノアを無視して通り過ぎ、半身を起こした僕の右足に銃口を突き付ける。
「さっき逃げて行ったエルフは、妹か?」
ルルのことだ。前衛隊がいたから、後方の兵は見えていないと思ったが、
隊長相手だとそうもいかない。
「違うって言ったら?」
大きな銃声と共に、太腿を撃ち抜かれる。
「ルイっ!」
「質問に質問で返すな。何度も教えただろう?」
痛みのせいで呼吸が上手くできない。ヒュッヒュッという、鈍い音が鳴る。
「どんな理由であれ、エルフに情けをかけた奴に生きる権利はない。
勿論、エルフも生きる権利はない。」
痛みに歯を食いしばりながら、怒りに染まった目で睨む。
「あんたは知らないんだ!伝説の真相は、」
「過去がどうであれ、今が変わらない限り、何も変わらない。
お前にこの世界を変えることはできない」
はっきりと言われた言葉に、不覚にも腑に落ちてしまった。
…じゃあどうすれば良かった?
僕がしてきたことは、全部無駄だったのか。
ルルがこの世界に生まれたことは、間違いだったのか。
僕の額に銃口を突き付け、カチャリと引き金を引く。
「己の運の悪さと、不甲斐なさを恨め。」
――殺される、そう思った瞬間。
どこからともなく、水晶が降ってきた。
その時僕は、身体に5発銃弾が当たっていた。
もう動けるはずがないのに、反射的にノアを庇うように倒れ込んだ。
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