第7章:守りたかったもの

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どれくらいの間、気を失っていたのかわからない。 気づけば隊長は血を流して倒れていて、僕の背中に水晶が刺さっていた。 今まで見ていたものは、夢だったのだと理解する。 口の中に広がる血の味と、赤い絵の具で塗られたような身体を見て、 僕はもう長くないことを悟った。 意識が朦朧とする中で、小さな手が僕を揺らす。 重い瞼を開けると、顔を真っ赤にして泣きじゃくるルルの姿があった。 「ルイ!気がついたか?」 ノアが包帯を手にして立っている。しばらくして、状況を理解した。 この水晶はルルが出したもので、恐らく銃声で山を下りてきたのだろう。 ノアは、水晶が当たる直前に僕が庇ったんだ。 幸い、大きな怪我は無さそうだった。2人とも生きている。 安心感で、頬が緩んだ。 「…ノア、もういい」 必死に背中に包帯を巻くノアの手を止める。 「は?なに言ってんだ、止血しなきゃ死ぬぞ」 こいつはいつも、物事を冷静に受け入れることができない。 衛兵で何を学んできたんだ。この出血量に致命傷、もう助からない。 ルルは水晶で力を使い切ってしまったから、恐らくもう治癒水は出せない。 「…時間がない。お前に、頼みが…ある」 だんだん呼吸が浅くなっていく僕を見て、ノアの頭は死を意識した。 だが、手は止まることを許さなかった。 微かに残る命を繋ぎとめようと必死だった。 「そういうのは治ってからにしてくれ。」 話を聞こうとしないノアに、いつもなら声を荒げてでも聞かせようとする。 だがもう、その気力すらないルイに、全てを諦めた。 「…、何だよ」 「そこにいるエルフは…僕の、妹だ。  山頂に、エルフの集落がある…連れて行って…やってくれ」 言い終わると同時に、大量の血を吐く。 情けない。巻き込みたくないのに、結局頼ることでしか解決できない。 瞼が重い。もう開けていられない。酷く眠い。 「ーわかった。必ず無事に連れて行く。約束する」 彼の約束には、絶対に破らないという信頼がある。 僕は、本当に良い戦友を持った。 「…ールル、こっちにおいで」 ルルの気配がする方へ、ゆっくり手を伸ばす。 その手を、一回り小さい手がそっと包み込む。手に涙が落ちる感触がする。 きっと、たくさん泣いているのだろう。 起きて抱き締めてやれないのが辛い。頭を撫でてやれないのが悔しい。 泣き顔が見れないのが、悲しい。 「…よく戻ってきたね。」 「      」             「謝らないで…僕を、守ろうとしたんだろ?…偉いよ」 「     」     「ごめんね…もう、一緒に、いれない」 「   」     「ルル、聞いて…僕、知らなかったんだ。  ずっと…喋るの、我慢してたんだよね…  気づいてあげられ…なくて、ごめん。」 言いながら泣けてきてしまう。泣きたいのは、ルルの方なのに。 込み上がってくる血の味を必死に飲み込んで、なけなしの力で手を握り返す。 「山頂に行けば…仲間が…たくさん、いる。  自由に、なれる。声を上げて泣くことも…できる。」 そこに僕はいてやれない。 成長したルルの姿を見ることは、もうできない。 「ールル、恨んでいい。…嫌いになってもいい。」 ―――だから、 「忘れないでくれっ…」 後悔ばかりだ。何もしてやれなかった。 それでも、ルルと歩いた日々はかけがえのない宝物だ。 それを、無かったことにしたくない。 目を閉じたまま静かに涙を流す僕に応えるように、 優しく頭を撫でる。 表情は見えないけれど、添えられた手に、その温度に、 全てが報われたような気がした。 途端、意識が遠のいていった。 ずっと張っていた糸がほつれ始めて、切れるその瞬間。 「―――ありがとう。お兄ちゃん」 ルルの声が、聞こえたような気がした。
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