第2章:幻の村

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翌日の朝、まだ日が昇り切っていない頃。 積もった雪を踏みしめて、キメラーズの基地へ向かっていた。 昨日のうちに荷造りが済んだから、急だが今日出発することに決めた。 僕の痕跡を残さないために、今日は隊長に退職許可を貰いに行く。 長旅になるから任務はできないし、無断に任務に来なくなったら、 国が僕を捜索することはわかっている。 そうなると面倒だ。 基地が近づくにつれ、手が震えていた。寒さのせいではない。 これから始まる事の重大さと、その責任に押し潰されそうだった。 集落が北の山にある。 この情報は、ほんの始まりに過ぎない。 国はまだ、それを疑っている段階だ。 集落捜索任務などと言っていたが、見つければそこに住むエルフを皆殺しにして、大量の羽を金にするのだろう。 だから、彼らが集落を見つける前に殺さなければいけない。 戦闘にルルは置いておけないから、集落に預けてから戦うことになるだろう。 その時僕は、およそ50の兵を前に、勝つことができるのだろうか。 その中には、ノアもいる。 衛兵を辞める。これは、キメラーズを敵に回すという、宣戦布告なのだ。 隊長室の前で深く深呼吸をする。 ーコンコンコン 「第1部隊、ルイ・ヴェーデンです。」 「入れ」 「失礼します。」 扉を開けると、待ち構えていたかのように、頬杖をついて座る隊長の姿。 僕を見るその目は、冷め切っていた。 「こんな早くに何の用だ」 「…退職許可を頂きに来ました。」 そう言うと、乾いた笑いを響かせた。 「退職だと?笑わせる。昨日、集会で何を聞いていたのだ」 「ーエルフの集落についてと、極秘任務の内容です。」 「それを知ったうえで辞めるなど、外部に漏らすと疑いをかけられるとは、  思わなかったのか?」 「…無実を証明できるなら、何でもします。」 その言葉に隊長の目の色が変わる。 「…ならば、お前の右腕を差し出せ」 右腕は、戦闘するにおいて無くてはならないもの。 刀を振るのも引き金を引くのも、全て右腕。 これは、容易に動けなくするための条件。 「どうした?できないか?」 簡単に辞められるわけがないとわかっていた。 これくらい、覚悟の上だ。 「了解しました。」 目を覚ますと、ベッドの上だった。 見慣れない天井に、基地の治療室なのだと理解する。 頭が冴えてくるにつれ、増していく痛み。 そこに、かつての右腕はもう無かった。 肩のあたりで切断された自身の姿を、ぼうっと見つめる。 痛みに耐えながらも体を起こし、誰もいない治療室を出ると、 そこにノアが立っていた。 俯いて黙ったままの彼に、声をかけることができなかった。 右腕を差し出した今この瞬間から、僕らは敵だ。 「その腕どこやったんだよ」 背中越しに声をかけられる。 「…意外と痛くないもんだね、切断って」 わざと合ってない答えを言う。 「は?ちゃんと答えろよ」 「悪いけど、話すことはない」 「ーなに言ってんだ!」 「僕の勝手だ。君がどうこう言う筋合いないよ」 「あるだろ!俺はっ、」 「君は僕にとってただの同期。それが今をもって、他人になったんだ。」 「ーっ」 「これ以上関わらないでくれ。」 冷たく言い放ち、止めていた足を踏み出す。 申し訳ないとは思わない。こうするしかなかった。 次会う時は、どちらかの命日だ。 基地を出てからも、彼を振り返ることはなかった。
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