偽りの聖女3

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偽りの聖女3

「待て、やめろ! レティ!!」  エルネストの叫び声が聞こえる。  目の前に紫の閃光が迫る。  アデル嬢が目を見開いて、私を閃光の方へと突き飛ばす。  なぜか周囲の時間がゆっくりと流れているように感じる。  ああ、私はここで死ぬのかしら……。  エル、ごめんなさい……。  死を意識して瞼を閉じ、涙が一粒こぼれたその時──。  私の体が眩い光の膜に包まれ、キィンと鋭い音がして、紫の閃光が弾かれた。 「これは……守護結界?」  あの一瞬では、守護結界を張る余裕はなかったはずだ。一体いつ、と思っていると、手の甲がキラキラと輝いているのに気がついた。  ……さっき、手の甲にキスされた時だ。  いつの間にかこんなこともできるようになっていたなんて。 「エル、ありがとう……」  エルネストは、無事だった私を見てほっとした顔になったが、すぐに表情を引き締めて邪神を睨む。 「──お前。レティに手を出すなんて、絶対に許さない」 「許してもらわずとも結構。貴様に何ができる。我を封印するか? もう同じ手は食わぬ。癒しと守護の力しか取り柄のない聖女など、片腹痛いわ」  邪神が余裕の笑みを浮かべて挑発するが、エルネストは邪神を見上げて不敵に笑った。 「確かに俺が聖女だなんて笑えるよな。そうだ、俺は聖女じゃないし、慈悲深くもない。だから、封印ごときで済むと思うな」  エルネストが両手を高く掲げると、手のひらから強い光が放たれた。  それを邪神が鼻で笑いながら、自身の周囲を魔法陣のような球体で囲む。 「フッ、封印など効かぬと言ったろう────な、何っ!?」  エルネストが放った光は、邪神の魔法陣に弾かれると思いきや、三連の輪となって球体をギリギリと締め付け、球体は卵の殻のようにあっけなく壊れた。 「ば、馬鹿な!」 「これで終わりだと思うなよ」  驚愕に目を見開く邪神に向かって、エルネストが容赦なく次の攻撃を繰り出す。  両の手から矢のような鋭い光弾がいくつも放たれ、前後左右上下とあらゆる方向から邪神を突き刺す。かと思うと、今度は地面から巨大な光の槍が現れ、邪神を真下から貫いた。 「聖女様、鍛錬の成果が出ていますね」 「凄まじい攻撃だな……。僕があげたペンダントも役立っているようだ」  魔獣と戦い、膠着状態にあったアラン殿下とクロードも、磔にされた邪神を呆気にとられた顔で見上げる。 「……何故、だ。聖女に、こんな技は使えなかった、はず……!」  邪神は聖力による強力な攻撃を何度もくらい、息も絶え絶えだ。 「だから、俺は聖女じゃないんだって。強いて言うなら、姫を護る勇者かな」  エルネストはそう言い放つと、聖女の(かつら)を放り、上着を脱ぎ捨てた。  少しだけ伸びた艶のある短髪が露わになり、襟元の開いた内着姿になって、しなやかな筋肉の付いた腕や綺麗な喉仏がはっきりと見える。 「なん、だと……?」  エルネストはそのまま流れるような動作で虚空に右手をかざした。  その先に、白い光の筋がバチバチと雷のように音を立てながら収束して小さな光球となり、邪神の元へ吸い込まれるように飛んでいき、その胸元にめり込む。 「やめ、ろ……!」 「封印なんて生温(なまぬる)いことはしない。今度は綺麗さっぱり消滅するといい」  エルネストがかざした右手を払うと、邪神の内側から幾筋もの白い光が広がって爆ぜた。  地の底から響くような恐ろしい断末魔とともに凄まじい轟音と爆風が広がり、邪神の体が砕け、光の中で溶けて跡形もなく消滅する。  そして、二体の召喚獣もともに掻き消えていった。 「……エル! エル、大丈夫!?」  私がエルネストに駆け寄ると、彼に力一杯抱きしめられた。 「レティ! 無事でよかった! 今度はしっかり守れたかな」 「うん……! エルのおかげよ。ありがとう」  涙ながらに抱き合っていると、こちらへと近づく足音が聞こえてきた。 「聖女……様?」 「エレーヌ嬢……いや、エル君? 君のおかげで助かったよ、感謝する。……それで、色々話を聞いてもいいかな?」  側には、困惑顔のクロードとアラン殿下が立っていた。エルネストと私は顔を見合わせて頷いた。 「……二人とも、申し訳ありません。俺から説明します」 ◇◇◇  それから、私たちは邪神との戦いの間ずっと建物に隠れ、ようやく出てきた神官たちにアデル嬢の身柄を任せると、アラン殿下とクロードとの話し合いに戻り、今までエルネストが聖女だと偽ってきた経緯を説明した。 「……つまり、君は妹さんと入れ替わって聖女を追放されて、自由になりたかったということだね」 「はい、ずっと騙していて申し訳ありませんでした。どんな処分も受け入れる覚悟です」 「レティシア嬢もエルネスト君に協力していたんだね?」 「いや、それは違──」 「はい、私が自分の意思で協力しました。彼が罰を受けるなら、私も一緒にお願いします」 「レティ……」  エルネストは、全部一人で責任を取ると言っていたけれど、やっぱりそんなことをしたら自分で自分が許せなくなる。  私はエルネストと共にあると決めたのだ。  楽しい時だけでなく、彼が苦しい時も、側にいてあげたい。 「…………」 「アラン殿下……怒ってますよね……?」  俯いて肩を震わせて黙り込むアラン殿下に、エルネストが恐る恐る尋ねる。  あんなにエレーヌ嬢にアピールをしていた殿下だ。ショックを受けて怒りに震えていてもおかしくはない。  ……と、思っていたら、突然殿下が笑い出した。 「あはははは……! 僕としたことが女装した少年に騙されるなんて……! クロード、お前も気づかなかったのか!」 「はっ、申し訳ございません。レティシアとの仲に引っ掛かるところはありましたが、まさか本当は少年だったとは……」 「くくくっ、二人揃って節穴とは! そりゃ、僕がいくらアピールしても靡かない訳だ」  アラン殿下が心底可笑しそうに笑っている。……どうやら、怒っている訳ではないらしい。 「あの……許してくださるのですか?」 「許すも何も、元はきちんと確認せずに、妹さんを無理やり聖女に据えた神殿が悪い。それに、古えの邪神を封印どころか消滅させた君は、もはやこの国の英雄だ。罰が与えられるはずもない」 「ありがとうございます……」  エルネストも私も、罰はないと分かって安心する。 「しかし、君が強力な聖力を持っていることに変わりはない。今話してもらったこと、そして邪神との戦いのことは、神殿や陛下にも知らせなければならないから、これまで通りの生活とはいかなくなるだろう」 「はい、分かっています」  確かに、いきなり邪神が現れて、それを倒してしまうなんて展開になってしまったら、更に大事にならざるを得ない。 「おそらく、数日中に君たちを王宮に呼び出すことになると思うが、君たちに悪いようにはならないよう僕も掛け合ってみるから、そんなに不安そうな顔をするな」  アラン殿下が優しく声をかけてくださる。 「殿下は、どうしてそんなに……」  エルネストが戸惑いながら尋ねると、アラン殿下はウインクをして言った。 「僕は、何だかんだ君のことが気に入ってるからね」
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