偽りの聖女2

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偽りの聖女2

「……あれは邪神ヴィシャス。古えの聖女が鏡に封印したはずだったのに……」  圧倒的な存在感を放つ邪神を目の前にして、アラン殿下が焦りの表情を浮かべる。  クロードもエルネストも、あまりの出来事に様子をうかがうしかできないようだ。  私も先ほどから、ヴィシャスと名乗った邪神の禍々しい威圧感に足がすくんで一歩も動くことができない。  誰がどう見ても絶対に解き放ってはならないものの封印を解いてしまったようだ。 「え……? あなたはレイエル様ではないの? わたくしに加護を与えてくださると言ったのは……?」 「アデル嬢! その者から離れるんだ!」  アラン殿下が声を張り上げるが、アデル嬢は邪神の鋭い眼光に射すくめられて固まっている。 「お前に加護など与える価値もない。我はあの聖女に用がある。邪魔だ、どけ」  邪神が煩わしそうに腕を振ると、アデル嬢の体が軽々と吹っ飛んだ。  勢いよく木にぶつかりそうになったところを、エルネストが聖力で膜を作って受け止め、アデル嬢が地面に倒れ込む。  すかさずクロードが駆け寄り、抱きかかえて東屋へと避難させた。 「あ……わたくし、何てことを……」  アデル嬢はようやく事の重大さに気がついたようだ。罪悪感と恐怖でガタガタと震えている。 「レティはここにいてくれ。結界を張るから、安心して」 「エル、待って……!」  エルネストは引き留めようとした私に微笑み、彼の腕に掛けた私の手を握ると、手の甲に口付けてそっと放し、東屋に守護結界を張って邪神の側へと近づいていく。  アラン殿下とクロードもエルネストの行動に驚きつつ、後について行った。 「それで、何の用だ」 「ようやく会えたな、聖女よ。我を封印するなど、忌々しい真似をしおって」  邪神の赤く濁った双眸がエルネストを睨みつける。  封印したのはエルネストではないのに、聖女と呼ばれる者は全て憎いのかもしれない。  エルネストは邪神の敵意に怯えることなく、悠然と宙に浮かぶ邪神を睨み返した。 「お前を封じた聖女のことは知らないが、どうせ自業自得だろ」 「黙れ! 今こそ借りを返し、この世を恐怖と絶望で覆い尽くしてやろう!」  激昂した邪神が両手を振り上げると、地面から突如二体の巨大な獣が現れた。  豹と猪のような姿をしているが、全身が黒と紫のまだら模様で目は赤黒く爛々と輝き、見るからに(おぞ)ましい。 「なっ、召喚獣か……?」 「ただの魔獣とは比べ物にならない圧を感じる……」  クロードとアラン殿下が即座に剣を抜いて構えると、二体の獣は唸り声を上げて二人へと飛びかかった。 「ハッ!」  クロードが自身に身体強化の魔法をかけ、黒猪の凄まじい突進から寸前で半身を翻し、そのまま勢いをつけて横薙ぎに斬りつける。  しかし、完全に斬り裂いたはずの黒猪の横腹からは、血ではなく黒いモヤが噴き出しただけで、黒猪が弱る様子はない。  アラン殿下のほうも、黒豹を狙い、巨大な火球を放って爆発させたが、足止めになっただけで攻撃が効いているようには見えなかった。 「虫ケラが足掻いても無駄なことだ」  邪神が嘲笑う。 「……まずいですね。あの邪神を何とかしないといけないようです」 「エレーヌ嬢! この召喚獣は僕たちが相手をするから、邪神を頼む! 君ならできるはずだ!」 「……分かった! 任せてくれ!」 「ふん、聖女一人で何ができる。それにしても、まだまだ悲鳴が足りんな。もっと恐怖が必要だ」  邪神がアデル嬢と私のいる東屋に指を一本向け、上下に動かした。  その途端、空から紫色の閃光が東屋を貫くように向かってきて、ドン!と大きな音を立てた。 「きゃあっ!!」  アデル嬢と二人、堪らず悲鳴を上げる。  エルネストが張った守護結界が弾いてくれたおかげで助かったが、そうでなければ一瞬で命を落としていたはずだ。  アデル嬢は大丈夫だろうかと様子をうかがうと、真っ青な顔で涙を浮かべている。 「あの、大丈──」 「もう嫌ッ! こんなところにいたら死んでしまうわ!」  恐怖が限界に達したのか、急に立ち上がって東屋の外へと駆け出してしまった。 「待って! 結界の中に入れば安全だから!」  アデル嬢を追いかけて私も東屋から飛び出す。  言っていることと矛盾しているのは分かっているが、召喚獣もいる場所に出ていこうとする人を見過ごす訳にはいかない。 「やめて! 離して!」  東屋に連れ戻そうとする私を振り切ろうと、アデル嬢が身をよじって抵抗する。すると、遠くで邪神の声が響いた。 「ああ、アデルは本当に私好みの愚かな娘だ。さあ、もっと我を楽しませてくれ」  そう言って、邪神がこちらを真っ直ぐに指差す。だめだ、嫌な予感がする。 「待て、やめろ! レティ!!」  遠くでエルネストの叫び声が聞こえた。
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