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私は今どういう感情なのか、自分でも分からなかった。だけど涙が溢れてきた。嫌ではない、でも嬉しいでもない。ごちゃ混ぜになった、変な感情。
そんな私の頭を撫でながら、シュウジは言う。
「今日はそれを伝えたくて、記念日っていう力を借りて、サプライズっていう勢いを借りて、帰ってきたんだ」
「……うん」
「この靴はさ、その覚悟の証だ。薄紫色でさ、男の子でも女の子でもオッケーな感じだろ? 生地も柔らかいし、見た目も可愛い」
「……うん」
「この靴を見て、履いている子を想像したんだ。そしたらすごい幸せな気持ちになった。絶対にこの靴を履いている子に会うんだ。その気持ちを、ナオに伝えるんだって」
子供が欲しい。
そう漠然と考えていただけなのは、私の方だった。シュウジの方がよっぽどリアルに、子供のいる生活を考えていたんだ。そう思った時に、涙が止まらなくなった。
嬉しさも出てきた。でも同時に不安も出てきた。出産ということを現実的に想像すると、希望と同時に怖さも感じた。そんな弱い自分が嫌だった。
「……私、ママになれるかな」
「なれるよ! 世界一可愛いママになれるよ!」
「シュウジは……パパになれるの?」
「なれるよ! 世界一大切な人が二人もいる、絶対なるよ!」
シュウジにぎゅっと抱きしめられながらそう言われると、なんだか心強い気がした。きっと私の不安まで感じ取ってはいないだろうけれど、それでもこの人なら、守ってくれるんじゃないかって、そう思えた。
「あ!」
シュウジが突然発した。
「俺やっぱ、送って終わりたい派かも知れない」
「さっき違うって言わなかった?」
「いや、だって子供を幼稚園とか保育園とかに送って行きたいもん。一番長く、仕事に行く最後の最後まで一緒にいたいじゃん」
「あ、そういう送る?」
「だから送って行きたい派、かな」
あ。私も出来たよ。想像出来たよ。
子供を見送っている、名残惜しそうなシュウジの顔。そしてシュウジよりも毅然としてバイバイって手をふる、子供の顔が。
ありがとうシュウジ。今は心の中でしか言っていないけど、きっとそのうち言葉にして言うよ。大好きだよって。
こんな幸せな時になんだけど、私はやっぱり「送って終わりたい派」なんだと実感しちゃった。私のことを好きすぎるシュウジを置いて死にたくないから、最期の瞬間も、私はシュウジを見送って終わりたいと思った。こんなに可愛い人を残して、寂しい思いをさせたくないなって。
まあでもそんなの、三百年くらい先の話だけどね。
それまでに私達、良いパパとママに、良いじいじとばあばに、それよりも先の立派な何かに、なっていようね。
■おわり■
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