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7.トライアンドエラー
さて、どうしたものだろうかと、私と晴也、陽菜は顔を突き合わせて、うんうん唸っていた。このままでは、二次審査どころか、動画をアップすることも出来ない。曲を変えれば何とかなるものでもないことは、皆分かっていた。
結局、バンドをやっている晴也がボイトレを、現役ダンサーである陽菜が振付を、私が撮影を担当することを決めて、早速その日から特訓が始まった。
「違う違う!」と、スタンドピアノの鍵盤をバーンと叩く晴也。
「ダメダメ!」と、姿見の前で憤慨する陽菜。
これは繰り返し彼らから受けた報告だが、内容はいつも同じであった。それでも、弥生はくじけることなく、ひたすら歌とダンスのトレーニングに励んでいるという。動画アップの締め切りまで二週間。時間がない。少しでも良いから上達しているのかという、私の問いに、晴也も陽菜も降参のポーズをするだけだった。幼稚園児に教える方がまだマシ。
そんなこと言わずに、ね?
画面がぼやけて見える。何度見返しただろうか。未だにこの場面になると涙が止まらなくなる。弥生が歌い踊る。晴也と陽菜のダメ出しの嵐。賑やかで楽しそうで活き活きとしている家族の映像。
外はあの日と同じような激しい雨が降っている。歪んだ画面から壁際に視線を移すと、私と弥生、晴也と陽菜が固まって笑顔でいる写真が目に入る。
弥生は私だけの、たしかにアイドルだった。
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