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2.青天の霹靂
「ねぇ、みんな聞いて。私、アイドルになるから」
新聞に目を落としつつ、反射的に大学はどうするんだ、と私は口にしていた。娘が世迷い事を言い始めたと思ったのだ。幸運にも妻に似た娘は、親の贔屓目抜きにして美人であった。幼い頃から何度となく、街中でスカウトされたこともあるのだが、当の本人は無関心であったはずだ。それが急にどうして、と疑問に思ったのもあった。
「私じゃないよ」
陽菜がインスタントのコーンスープを口に運びながら答えた。ん? じゃあ、誰だ?
「ママ、アイドルになるから」
陽菜と同じ声がした。というか、陽菜の声が妻に似たのだが。
新聞から目を上げると、真剣な顔をした妻の横顔が見えた。スマホをテーブルの中央に置くと、アイドルになるからと繰り返す。
妻を除く3人が思わずスマホの画面に目をやる。そこには、 「四十坂46メンバー募集」と大き目の派手な色の文字が踊っていた。いくつものアイドルグループを手掛けてきた、おそらく日本で彼を知らない者はいないであろう、プロデューサーの顔写真もある。
「え? ママ、どういうこと?」
陽菜が妻と同じ声で問う。何だかいろんな意味でややこしくなってきそうな気配があった。
「だから、ママ、このオーディションに参加するの」
「参加するのっ、て。おふくろ、大丈夫か? ボケたんじゃねぇだろうな?」
晴也が半笑いしながら、言葉を継ぐ。それはそうだろう。46歳の主婦。アイドルとはどう考えても縁がないはずだ。
「ここ見て、ここ」
妻が画面をスクロールさせて、指を指したところに目をやると、思わぬ一文があった。
「応募資格:46歳であること」
なんじゃこりゃ。一瞬、頭が混乱する。グループ名もそうだが、名プロデューサーも忙しすぎてついにイカれたか?
そうこうしているうちに、家を出なければならない時間になってしまった。
「ママ、続きは帰ってきてからだ」
そういって、そそくさと逃げるように席を立つと、私は出かける準備をした。どうやら我が家の一大事である。妻の一言は、青天の霹靂どころか、天変地異であった。私の頭は、まだ混乱したままだった。
はぁ・・・どうしよう。
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