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3.「本気」のマジ
会社に向かう電車に揺られながら、スマホで「四十坂46」を検索した。たしかに募集条件には、「46歳であること」としか書かれていない。もっと驚いたのは応募者数で、何と一万人を越えていた。どうしちゃったんだ、日本の46歳女性たち。
その日は仕事が手に付かないまま、早々に帰宅した。子供たちはすでに夕飯を終え、自室に籠っていた。私も食事、入浴と何気ない顔のまま淡々と用を済ませたが、頭の中には「アイドル」の4文字が無限ループしていた。
二階の寝室に入ると、弥生が鏡に向かって肌の手入れをしている最中であった。ベッドに潜り込んで、おやすみ、と言うと、ちょっと龍ちゃんと咎めるような弥生の声が耳に入った。龍一というのが私の名前で、二人の時は妻は「龍ちゃん」と、学生時代からの呼び名で話をする。私も彼女のことは「やっちゃん」と呼んでいた。
「朝の話の続きなんだけど」
…来た。やはりなかったことには出来そうもないな、とベッドから体を起こし、鏡台の方に目線を送ると、妻がかしこまって私の方を見ていた。
「やっちゃん、何かの冗談だよね? ね?」
「私、本気だから」
そういうと、弥生はベッドの中に入ってくると、横になって片肘をついた。
「子供たちも大きくなったし、そろそろ私も自分のやりたい事やろうかなって。その時、たまたま募集の記事を見つけたの。これだ!って思ったの」
いやいや、思わんだろ、普通。そう、弥生は普通の主婦だ。芸能ニュースには興味はあるけど、それはあくまで話題の範囲内のものであって、自分が芸能界なんて。学生時代だって、才女で通っていた。たしかに、当時から大学祭でクイーンに選ばれるくらいには美しかったし、今でも年相応の美しさを重ねているとは思う。
「ねぇ、龍ちゃん。応援してくれるよね?」
待って、待って。え? マジですか? マジなんですか?
「いや、やっちゃん。アイドルって。四十坂46って。ないでしょ。ないない」
「どうして? 奥さんがアイドルになったら、龍ちゃん何か困るの?」
困るとか、困らないとか、それ以前の話なんですけど。学生時代から、カラオケで歌っているところを見たこともないし、それこそ踊っているところもそうだ。どうしたって、弥生がステージに立っている姿を想像出来なかった。
「実はもう応募はしちゃったんだよね」
えーっ!!
声にならない声というのがあることを、この時初めて知った。苦手な絶叫マシン以上に、私は心の中で叫び声をあげていた。
「写真での一次選考は、通っちゃった」
なにーっ!!
そんな不意打ちアリですか? アリなんですか? 落ち着け。とにかく一度落ち着こう。
弥生が一次選考通過者のリストを見せてくる。そこには、たしかに本人の名前が載っていた。彼女を含めて500人。その時、ふいに気が付いた。ちらほらと、どう見ても男の名前がある。
さらに混乱した頭で、しばらく画面を睨みながら考えてみる。応募の資格は「46歳」であること。そうか、男にも応募資格はあるのか。男女混合グループ? 全員46歳?
「日本を元気にしよう」と、どこかで見たようなキャッチフレーズも画面に踊っている。
ねぇ応援してくれるでしょ、と弥生がダメ押ししてくる。明日は土曜日だ。家族で話をしよう、と胡麻化した。とにかく、早く眠ってしまいたかった。
うーん、眠れない・・・。
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