惰性ブレーキ

2/9
前へ
/9ページ
次へ
 そんな罵倒の毎日に耐えかねた私の怒りが爆発した。もう何が原因(トリガー)かは覚えていないが「君は家のことは何も出来ないのかな?」と言われたからである。確か、夕食の席であったことから献立に対する文句ではあったと思う。 「そんなに言うなら御自分でやられたらどうですか?」と冷たい口調で私が言うと、夫はテーブルをバンと勢いよく叩きつけながら立ち上がった。 「俺は毎日外に出て仕事してるんだぞ! だったら家のことは君がやるのが当然じゃないか! ところが君は家のことは何も出来ない! イライラもするよ!」 私は言い返した。 「私だって一生懸命家事をしています。あなたの求める家事のハードルが高すぎるのではありませんか?」 「俺は君に『普通』に家事をして欲しいんだよ! 一所懸命に家事をしているとは言うが君はこの為体(ていたらく)! 俺は疲れて帰ってきても、家でやることは君の『至らない』家事のフォロー! 見合いの時に『家事は出来る』と言っていたのに、出来てないじゃないか! 家で親の手伝い程度しかしてなかったのではないか? それが家事だと言うなら勘違いだよ!」 確かに私は見合いの席で「家事が出来る」と言っている。しかし、夫の言う通り「親の手伝い」や「自分の部屋の掃除」程度しかしていない。 小中高の家庭科の授業も遠い昔の記憶で役に立つことはない。実質、家事が出来ないようなものである。見合いの場で「家事が出来ません」と言えば十中八九お断り。嘘は吐いていないが、実質嘘を吐いてしまったようなものだ。 見合い前の打合せで仲人から「家事はどの程度お出来に?」と聞かれた時に「何でも大丈夫です」と、言ってしまったせいで、私が家事が出来る前提で話が進んでしまっていた。脊髄反射のように家事が出来ると答えた自分の軽率さを今更になって恨むのであった。  確かに私に至らない点があることは認めなければならない。今の私は箱から出たばかりの箱入り娘。夫にはこれからの私の成長に期待して欲しいと思い、頭を下げた。 「これからは頑張りますので」 「全く、これまで頑張ってなかったみたいじゃないか。俺は『これから頑張ろう』とか『明日から頑張ろう』とか言う奴は嫌いなんだよ、こういう奴に限って先延ばし先延ばしにして死ぬまで頑張らないんだからな」 やっぱり、一言多い。その一言が人を傷つけると分からないのだろうか。 夫は自室に行き寝に入った。その日の出来事を境に、私の生活は一変するのであった……
/9ページ

最初のコメントを投稿しよう!

5人が本棚に入れています
本棚に追加